Take hold of a lonely heart (15)




「ふ〜ん、なるほどねぇ・・・」
 直江からこれまでの話を聴き終わった千秋は煙草をふかしながら呟いた。
「でも、あんたが猫を飼うなんてねぇ・・・やっぱ信じられないわ」
 グラスを片手に綾子も千秋の言葉に頷いている。
「なんだか俺が極悪非道の冷血漢みたいな言い方だな、2人共・・・」
「それ以外の何者でもねぇだろ」
「言えてるっ!」
「あのなぁ・・・」
 あまりの言い様に直江は憮然とした表情で2人を見たが、2人は気にする事なく尚も言い続ける。
「だってよ、直江が女を飼い慣らすのは判るけど猫だろ?・・・似合わねぇよな〜」
「ホント!一体どんな風の吹き回しなのかしらねぇ」
「・・・・・」
 言い返すだけ無駄だと思った直江は2人に気付かれないように小さく溜息をついて目線を下ろしてスーツの中を見た。
スーツの中で高耶は規則正しい寝息をたてている。直江達が食事をする前にミルクを飲んでお腹が満たされた高耶はその後千秋に散々玩具にされ疲れてしまったようだ。
「?おぉ、よ〜く眠ってるじゃねぇか。こ〜やって見てると可愛いんだけどなぁ」
「高耶さんはいつでも可愛いぞ」
「・・・・あのなぁ」
「千秋は自慢の顔を引っ掻かれたのを根に持ってるのよねぇ」
「あれは間違えたお前が悪いんだろう」
 どうやら今の直江は高耶中心に地球が回っているようだ。服の上からそっと撫でる仕草と表情はどう見ても猫相手のそれではない。
千秋と綾子は眼を合わせると同時に大きな溜息をついた。
「そりゃそうと直江、その行方不明のヤツってどんなヤツなんだよ」
 煙草を揉み消しながら千秋が聞いてきたので直江は顔を上げ真面目な表情なった。
「詳しくは知らない。親友だと言う青年から少し聞いただけだからな」
「あんた、それも変よ。なんであんたがそんな見ず知らずの子、相手すんのよ」
綾子の言葉に千秋も頷いている。直江は考えるように視線を落とした。
「・・・判らないんだ」
「はぁ?!」
「・・・直江?判らないってどう言う意味よ」
 直江の口から『判らない』と言うまず聞くことのない言葉に2人は驚いた。じっと顔を見ていると直江は独り言のように話し出した。
「だから判らないんだ。この猫を何故拾ったのか、それとその『高耶』という青年の事も・・・。どうしても放っておいてはいけない気がしたんだ。だが、何故そう思ったかは・・・」
「判らない?」
「あぁ・・・」
 途中で言葉を切った直江の台詞を千秋が言うと、直江は返事をしながら高耶をそっと撫でる。高耶は直江に撫でられると気持ち良いのかゴロゴロとよく喉を鳴らす。2人はそんな直江をじっと黙ってみていた。
 直江は計算され尽くした計画を立ててから物事を動かす男だ。だから今回のような衝動的な行動は長い付き合いの2人も見た事がなかった。
 しかし、直江の直感はよく当たるのも事実だった。静かになった店内には控えめな音量でBGMのジャズが流れている。
その沈黙を破ったのは千秋だった。
「ま、いいんじゃねぇの?これで直江も少しは普通の人間らしくなるかもよ」
「何だと・・・?」
「あははは!言えてるぅ〜!」
 酒が入ってやっとエンジンがかかったのか、綾子は大声で笑い出した。
すると急に賑やかになったせいか、スーツの中の高耶がもぞもぞと動き出したので直江は千秋達に向けていた視線を高耶に向けた。
(う・・ん、なん・・か、賑やか・・・だなぁ・・・)
 眼が覚めた高耶はもぞもぞと動いて直江のスーツから顔と片手をちょこんっと出した。
「きゃ〜!可愛いっ!!」
(うわっ!デカい声出すなよ・・・)
 横でのたまってる綾子に驚いた高耶はスーツから出たくて直江を見上げた。すると優しい眼差しの直江と眼が合う。
「よく眠っていましたね、高耶さん。出ますか?」
「ミャオ〜(うん!)」
 高耶が返事をすると直江はそっと高耶を出してテーブルの上に乗せた。すると高耶はアンテナのような尻尾をピンッと立て、大きく伸びをした。
「いっちょ前だねぇ、お前」
「フ〜ッ!(うるせぇっ!)」
「千秋・・・また引っ掻かれても俺は知らんぞ」
 早速高耶をからかい出した千秋に直江は苦笑した。
「ふん!今度そんな事しやがったら三味線にしてやる!」
「千秋・・・三味線にするのは雌猫だけだぞ」
「うっ・・・!」
 そんな細かい所で突っ込まれるとは思わなかった千秋は思わず言葉に詰まってしまった。それを見た直江は肩を揺らして笑いを堪えている。
「・・・いいんだよっ!コイツならぜってぇ三味線になる!」
「そりゃ皮剥いだら使えるけどねぇ・・・」
 悔しくて言い返したら今度は綾子に突っ込まれてしまい、千秋はがっくりと項垂れた。
「くっそ〜っ!」
 千秋は怒鳴ったかと思うと直江の首に手を伸ばした。シュルッ!と音を立ててネクタイを解いて外してしまったのだ。
「なっ・・・!何のつもりだ、千秋!」
「ふん!おまえの可愛い「たかや」と遊んでやるんだよっ!」
 千秋が直江に怒鳴りながら高耶の前にネクタイの端をちらつかせると高耶は見事に反応してきた。ヒョイヒョイと手を伸ばし、ネクタイを捕まえようとしている。
千秋がネクタイを高耶から遠ざけるようにすると高耶が走って捕まえようとしてきたので千秋は直江のネクタイ片手に店内を走り出した。
その後を小さな高耶が必死に追いかけている。
「あのネクタイはもう使えんな・・・」
「そうねぇ・・・高いんでしょ?あれ」
「3万5千円・・・」
「・・・ご愁傷様」
 そうして賑やかな夜は更けていった。








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