Take hold of a lonely heart (13)




 タクシーの運転手にバレないよう、直江のコートの中で大人しくしていた高耶は頭の中で今まで起こった事を整理した。
 時間の流れ自体が違うのか、あの死神がいた所にいた時間はそんなに長くなかったようだ。1日ぐらいに思えたが実際にはそんなに経っていないようだ。
(まぁ、それはいいとして・・・問題はどうやって探すかだよなぁ)
 野良猫や外猫ならあちこち探せるのだろうが、高耶の場合そうはいかない。
おまけに体が弱っていたのと、住まいが高層マンションなせいで直江と一緒でないと外に出られそうにない。
 高耶は顔を上げて窓の外を見ている直江を見た。世間の事など気にしない高耶でも直江の事は多少なりとも知っていた。
(確かコンピューター関係の仕事してて、社長・・・だったよな。若いのに頭の切れる男前・・・、ん〜、確かにカッコいいよなぁ・・・)
 雑誌か何かで見た事はあったが、ここまでの美男子とは思わなかった。
グラビアやTV画面から受けた印象はとても怜悧な感じで、優しく微笑む顔など見た覚えがない。だから同一人物とは思わなかったのだ。
 そんな事を考えていると目線に気付いたのか直江が高耶を見たので、高耶は思わず飛び上がりそうになった。
じっと顔を見ていた事に気付かれたからだけでなく、その眼差しがとても優しかった事に心臓が大きく跳ねた。
(うわぁっ!・・・なんで俺、男にドキドキしてんだよっ・・・)
 慌てて目を逸らそうとしたが呪縛されたように目が離せない。
今まで出会った大人は皆冷たく、邪険にし、暴力を振るう者ばかりだった。なのに、直江はいつも優しく接してくれる。
自分が人間のままならきっと偽りだと思っていただろうが、猫に嘘をつく人間はそういないだろう。それに嘘をついている目ではなかった。
(今まで得られなかった物が得られるかも知れない)
 高耶は酷く安心している自分に気付いていた。
仮の姿でもいい、優しくして欲しかった。
(大丈夫ですよ)
 耳を立てて見上げる高耶に直江は車の振動に怯えていると思い、微笑しながら服の上からそっと撫でた。
固まっていた高耶が体から力を抜き丸まるのを見て、直江はまた窓の外を見た。
(仰木・・・高耶、か。どんな青年だろう・・・)
 昔は荒れていたと言っていた。きっと自分には想像の出来ないような辛い日々を過ごしていたのだろう。しかし、譲のような友人がいるくらいだ。きっと根は素直で優しい青年なのだろう。
早く会ってみたいと思いながら流れる景色を眺めていた。



 タクシーが停まり、直江が降りる気配がして高耶は眼を開けた。どうやら眠っていたようだ。
(ん・・・、どこだろ、ここ・・・って、さみっ!)
 もぞもぞと動いて顔を出した高耶は、外気の冷たさにぶるっと身体を震わせた。
「ここが私のオフィスです。あなたはあそこにいたんですよ」
 直江の目線を辿るとビルの隙間にあるゴミ置き場が見えた。
(あんな所にか・・・。そりゃ寒かった訳だ)
 高耶は直江と最初に見つけた清掃員に感謝した。直江はじっと自分がいた場所を見ている高耶を見ていたが、抱えている手に嵌めた腕時計をチラッと見て高耶に話しかけた。
「私はこの後会議があるので暫くは一緒にいられません。少し賑やかなヤツですが人は良いですからそこで待っていてください。終ったらすぐに迎えに行きますから」
「ミャァ〜(判った)」
 高耶の返事を聞いて、直江は自社ビルではなく、隣の喫茶店へと入って行った。



カラーン・・・───



「いらっしゃ・・・、なんだぁ、直江かぁ。どしたの?あんたはいつも2階でしょ?」
 ドアベルが揺れた音に気付いたカウンター内にいた女が浮かべた営業スマイルを消し、直江に言ったので素っ気ない言い方に高耶は驚いた。
「今日はお前に頼みがあってな。一蔵に頼もうかとも思ったんだが、俺が直接来た方がいいと思ってきたんだ」
 いつもの事なのか、直江は気にするでもなくカウンターに歩み寄り、女の前に立った。
「なによ、またどっかの女と手ぇ切りたい訳?」
「・・・・・お前なぁ、どこからその発想が出てくるんだ」
 直江が憮然とした表情で女を見ると、女は肩に掛かった栗色の髪を払いながら笑った。
「そんなの決まってるでしょ?あんたがあたしに頼み事するのなんて、出前か女と別れたい時ぐらいじゃない」
「綾子・・・お前なぁ・・・」
 当たり前と言わんばかりに言う綾子に、直江は思わず頭を抱えそうになった。
「俺の用事はそんな事じゃない。実は会議の間だけ預かって貰いたいものがあるんだ」
 そう言って直江はコートの中にいる高耶をそっと出した。
「きゃ〜っ!可愛いじゃない、この子ぉ!ちょっ・・・どうしたの?女からの嫌がらせ?」
 綾子はカウンター越に手を伸ばして瞬時に高耶を直江の手から奪い去り、撫で回し、頬擦りしている。
「フミィ〜!(わぁ〜ちょっ・・姉さん!)」
「違うと言ってるだろう。とにかく詳しい事は後で説明するから預かってくれないか?」
「う〜ん!可愛い〜っ!!」
 綾子は直江の言葉を聞いていないようで、可愛いと連発しながら高耶をぎゅっと抱きしめている。呆気に取られていた高耶だが胸に押し付けられ、苦しいのを我慢するにも限界がある。
「ミ・・・ミィ〜ッ!(く・・・苦しい〜っ!)」
「おい、綾子!高耶さんが苦しんでるだろう。もう少し加減しろ」
 高耶の泣き方で気付いた直江が慌てて叫んだ。
「・・・・・? たかや・・・さん?」
 綾子は呆然とした顔で直江を見た。
直江の心配そうな目線はどう見ても子猫に向いている。目線を辿るようにして高耶を見た綾子は両前足の付け根に手を入れて目の前に翳した。
「・・・・・。な〜んだ、男の子なんだぁ〜!」
「フミィ〜!(どこ見てんだよ〜!)」
 高耶は綾子がどこを見ているか気付き、慌てて尻尾を後ろ足の間にくるんと入れて身体を丸め、逃げようと暴れた。
「何やってるんだ綾子!高耶さんが嫌がってるだろう」
 見かねた直江がカウンター越しに高耶を奪い返し、全身の毛を逆立てている高耶を落ち着かせるように撫でた。
「フ〜ッ!(見たな・・・見たなぁ〜ッ!)」
「高耶さん、落ち着いて・・・ね?」
 必死になって宥めている直江に綾子は驚いてしまった。
動物には興味ない筈の男が子猫をあやしているのだ。明日は真夏日になるんじゃないかと思ってしまう。
「ねぇ直江。さっきから気になってたんだけど・・・。『たかやさん』って、もしかしてこの子の名前なの?」
「あぁ。それがどうかしたのか?」
 平然とした顔で話す直江に、綾子はがっくりと項垂れた。
「あのさぁ・・・直江ぇ・・・」
「? なんだ」
 がばっと顔を上げた綾子は、バンッ!と大きな音をたてて両手をカウンターに叩きつけ、そのまま跳び越して来そうな勢いで身を乗り出した。
「な〜んで猫の名前が『たかやさん』なのよっ?!人間じゃないんだからもっと可愛い名前にしなさいよっ!!」
「俺が何とつけようがお前には関係ないだろう。それにこの名前にはれっきとした理由があるんだ。放っておいてくれ」
「理由?何よ、それ。聞かせてよ」
「あぁ、構わんが今は急いでるんだ。迎えにきた時に話すからそれでいいだろう」
「・・・・・判ったわ。じゃ、預かってあげる」
 暫く考え込むようにしてから綾子は返事をした。子猫を預かるのは問題ないのだが、どうしてあの直江が子猫を飼っているのか、に興味があり、その辺も聞き出そうと思ったのだ。
「じゃ、頼んだぞ。くれぐれもさっきみたいな事するんじゃないぞ」
「判ってるわよ!あんたが大事そうにしてるから、てっきり女の子だと思ったんだもん」
「・・・・・。どういう意味だ」
 直江が怒気を孕んだいつもより低めの声で言ったので、綾子は慌てて
「冗談よ、じょ〜だん!」
と、笑って返した。
「・・・まぁいい。あ、これは高耶さんのミルクと玩具が入ってるから適当に使ってくれ」
 直江は大きな鞄をカウンターに載せた。
「あんた、わざわざ持ってきたのぉ?」
「あぁ。お前の事だから何だかんだ理由をつけていろんな物を買ってくると思ってな」
「ちぇっ!バレてたか」
「当たり前だ。じゃ、高耶さん・・・また後で」
「ミィ〜!(おうっ!)」
 直江は綾子との会話の間もずっと撫でていた高耶をカウンターに下ろすと、書類鞄だけを持って出て行った。
(仕事だもん。仕方ねぇよな・・・)
 直江の後姿を見送ったままの格好で高耶はカウンターに座っていた。仕方ないと判ってはいるがちょっと寂しい気持ちになる。
(何で男相手にこんな振り回されてんだ・・・俺?)
 情けないな・・・と思いながら窓の外を眺めていると、綾子がミルク片手にカウンターから出てきた。
「は〜い、『たかやくん』。おなか減ったでしょ?」
 綾子の明るい声で我に返った高耶は、返事をして歩み寄った。








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