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Take hold of a lonely heart (11)
(う〜ん・・・眩しいなぁ・・・、でもすっごく暖けぇ・・・・・)
窓から差し込む日差しに高耶は眼を覚まし、ジャケットの中から這い出て大きく伸びをした。書斎の机の上にいる事に気付いた高耶は辺りを見回し驚いた。
(わっ!俺、ちゃんと物が見えてるぞ!)
嶺次郎の話では1週間くらいで見えるようになると言っていたのに一晩でクリアな視界が広がっている。
(やっぱ普通と違うのかなぁ・・・俺、元は人間だし・・・)
でも、これで最愛の人を探す為の難関は一つ消えたのだ。時間がないのだからのんびりとはしてられない。とにかくここの住人がどんな人間か確認しようと思った。
書類が残っている机の上を歩き、高耶は椅子に座ったまま眠っている『旦那』と呼ばれていた男の傍に行った。
(え・・・?まだ若いじゃんか!旦那って言うからもっと歳喰ってると思ったぜ)
椅子に深く身体を預け、肘置きに肘をついて頬杖をつくようにして眠っている。
(・・・って、仕事はどうなったんだ?)
パソコンを見るとスクリーンセーバーが動いている。仕事が残っていては大変だと思った高耶は前足でマウスをちょいっと突付いた。するとパソコン画面にはデータ処理完了のメッセージが出ている。
どうやら終るのを待っているうちに寝てしまったようだ。
(起こすのは・・・やっぱ可哀想だよな・・・)
高耶は再び男を見上げた。
もともと明るめの色をした髪は日差しを浴びて金色に輝いて見える。日本人離れした体躯、彫りの深そうな顔立ち・・・。
(うわぁ・・・コイツ、カッコいいんだぁ〜)
高耶は思わず見惚れてしまった。一蔵がいい男と言った意味がようやく理解出来た。男に見惚れている自分が急に恥ずかしくなって高耶は思わず俯いてしまった。
(・・・ん?これは・・・)
足元にあったメモが目に止まり、高耶は内容を読んでみると一蔵宛てのようだ。先に会社にデータを持って行くように書いてある。時計を探してみると時刻は8時前を指していた。
(こりゃ、早く一蔵を起こさなきゃな)
高耶はメモを銜えて机から飛び降りた。ちょっと恐かったが流石は猫の身体だ。毛足の長い絨毯のおかげもあってか衝撃も思ったほどではない。
そのままリビングに向かい、毛布に包まって爆睡している一蔵の耳の傍で大きく鳴いた。
「ミィ〜!ミィ〜!(おい!起きろ〜!)」
「・・・・・ん・・なんじゃ、おまんかぁ・・・・腹減ったんか?」
寝惚けている一蔵の口を目掛けて高耶はメモを銜えて押し付けた。
「・・・ふ!ふがぁっ!(がばっ!)何するんじゃぁ〜!」
「ミャッ!(見ろっ!)」
「あぁっ?!・・・ん?これ・・・」
苦しくて飛び起きた一蔵は高耶を捕まえようとしたが子猫の態度でただの紙切れではない事に気付いたのか、手に握り締めたメモを見た。
「・・・・、そうか、おまんはこれを知らせてくれたんじじゃな。ありがとな、チビさん」
一蔵は高耶の頭をポンポンと叩き、洗面所に向かった。高耶は足元に残されたメモと毛布を見た。高耶が直江の所に行った時にはまだ毛布はなかったはずだ。
(ふ〜ん、結構優しいんだな・・・)
一蔵に対しての口調からして冷たくしているのかと思っていた高耶は、直江のさり気ない優しさを見た気がした。
(良かった、コイツに拾われて。とんでもないヤツだったらどうしようかと思ったぜ)
そんな事を考えていると一蔵が顔を洗って帰ってきて、そのまま書斎に入り書類とデータを確認して大きな茶封筒に放り込んで出てきた。
「じゃ、旦那を頼んだぞ」
リビングに戻ってきた一蔵はソファに置いてあった上着を着ながら高耶に向かって言った。そのまま出て行こうとした一蔵の足に高耶は噛み付いた。
「おわ〜っ!なんじゃっ?!」
「ミィ〜(これを掛けて来い)」
足を擦りながら見る一蔵に、高耶は毛布の端を銜えて引っ張った。
「・・・・・。あぁ、旦那に掛けて来いって言ってるんじゃな」
「ミャオ(そう!)」
一蔵は毛布を抱え書斎へ行き、起こさないようにそっと毛布を掛けようとして間近に見る直江の顔に思わず見惚れて手が止まってしまう。
(旦那・・・、今なら怒られないじゃろうな・・・)
眠っている直江の顔へと手を伸ばす。後少しで触れるという所で一蔵は手を止め、伸ばした指先をぐっと握り締めた。
一蔵は気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと毛布を掛けてその場を離れた。ドアの所にいた高耶を抱き上げ、机の上に下ろした。
「じゃ、行ってくるきに。旦那を頼んだぞ」
足早に出て行った一蔵を見て高耶は首を傾げた。
(どうしたんだ?アイツ・・・)
どことなく悲しそうな顔をしていた一蔵を変に思ったが、先程の一蔵の行動は高耶からは丁度見えない位置だったので理由が判らない。
(ま、いっか・・・)
机に乗せてもらった高耶はもう少し寝かせてやってから起こせばいいと思い、ジャケットの中に潜り込み顔だけ出して丸まった。
「ん・・・・・」
直江は静かに目を開けた。どうやら途中で寝てしまったようだ。
一蔵にメモを残してはいたが机の上に置いたままで忘れていたので気付いていないのでは、と思った直江は慌てて身を起こしたが毛布を掛けられている事に気付いた。
「一蔵か・・・。珍しいな、アイツがこんな事するとは・・・」
「ミィ〜(起きたか?)」
思わず苦笑した時、ジャケットの中から出てきた子猫が鳴いたので直江はその身体を抱き上げ、毛布の中に入れてそっと撫でた。
「良く眠ったようですね。お腹が空いているんじゃないですか?」
「ミャ〜(うん、腹減った )」
「すぐに用意しますから待っててくださいね」
子猫を抱いたまま直江はダイニングへ行き、ミルクを温め始めた。ミネラルウォーターを飲みながらコーヒーを煎れる準備をし、次に朝刊を取りに行って出来上がるまでの間に眼を通す。
(すっげ〜仕事人間なんだなぁ)
高耶はその間直江の手の中でその様子を眺めていた。
起きている時の直江の印象は寝顔と違い、厳しくも冷たくも見える。二重瞼の涼しげな瞳は髪と同じ鳶色をしていて、あまりの整った容姿に高耶はモデルか何かかと思ってしまった。
「・・・?どうしました?」
じっと見詰めているのに気付いた直江は子猫を見下ろし微笑した。
(う・・・わ・・・)
自分を見る時の優しい表情に高耶は照れてしまった。きっと人間の時なら顔が真っ赤になっているだろう。
猫の姿に思わず感謝した。
「さて、そろそろできましたよ」
鍋を火から下ろして容器に移し、直江は子猫にミルクを飲ませた。
少し待っていてくださいね、と言って満腹になった子猫をリビングに下ろし、直江はシャワーを浴びに浴室に行った。
高耶は出てくるまでの間、部屋の中を見て回ったり玩具で遊びながら腹ごなしをしていたが、しばらくすると直江がバスローブ姿でリビングに戻ってきてソファに腰を下ろしたので高耶が足元に近づくと何も言わなくても抱き上げて膝の上に乗せた。
「さて、私はこれから仕事なんですが貴方をどうしたらいいんでしょうね」
「ミャ?(へ?)」
「一人で置いておく訳にはいかないでしょう。きっと帰ってくるのは夜遅くになってしまいますからね。今日はハウスキーパーも来ませんし・・・」
眉間に皺を寄せるほどに悩んでいる直江を見上げながら高耶も考えた。と言っても自分にはどうする事も出来ない。心配しているのが判るから余計に辛かった。
「会議の時以外は一緒にいる事も可能なんですが・・・。その間だけ別の所で預かってもらいますが構いませんか?」
子猫相手に敬語で話す男に高耶は苦笑した。
「ミャオ〜(いいぜ、それくらい)」
「では出掛ける用意をしましょうか」
子猫の返事を是と取った直江はソファから立ち上がり、着替えをしに寝室へ向かった。クローゼットからスーツとシャツを取り出し着替え始める。
高耶は大きなベッドの上に乗っかりその様子を眺めていた。
(ひえ〜!やっぱコイツ、金持ちなんだ)
クローゼットの中にある服の多さに高耶は驚いた。おまけにすべてブランド物のようだ。
世の中にはいろんなヤツがいるんだなぁ、と考えていると直江がクローゼットの中から書類を入れるには大き過ぎる鞄を取り出した。
「この中にあなたの荷物を入れて行きますからね」
ビシッとスーツを着こなしている直江が高耶を抱えてリビングに戻り、玩具やらミルクやら必要そうな物を買ってきた袋の中から出して詰めていく。
その時直江の手が不意に止まった。
「ミャ?(どうした?)」
直江が袋から取り出したのは金色の鈴の付いた赤い首輪だった。直江は首輪をすると窮屈ではないかと考えたが、会社の中で迷子になられるのも困るので付けようかと悩んでいた。
「迷子になるといけないので首輪をしますが・・・いいですか?」
高耶に向き直って直江が告げると子猫は直江の膝に飛び乗った。
「家にいる時は外しますから我慢してくださいね」
「ミィ〜(わかった)」
首輪を付けながら申し訳なさそうに言う直江に、高耶は眼を細めて鳴いて答えた。
付け終わってから直江は時計を見ると時刻は10時を回っていた。タクシーを呼ぼうかと思ったが、この時間なら表の通りで捕まえた方が早そうだったので直江は少し歩く事にした。
「では行きましょうか」
コートを羽織り、子猫を中に入れて直江は家を出た。
外はそこそこ寒かったが、子猫を抱いているせいかそんなに気にならなかった。子猫はコートから顔だけを出して周りを眺めている。
「寒くないですか?」
「ミィ〜(大丈夫)」
声をかけるとちゃんと答える子猫を見て直江はなんだか可笑しくなった。
猫が言葉を理解する訳がないと思っていたが、この猫は理解しているように見える。錯覚かもしれないが素っ気ない猫よりはいいかと考えながら歩いていると大通りまで来たので行き交う車の中に走るタクシーを捜した。
そのまま歩いて行くと50mほど先の交差点で警官2人と口論をしているごく普通の少年が目に留まった。
(何を揉めているんだ?)
直江はタクシーを捜しながらそのまま歩いていると会話が聞こえてきた。
「だからさっきから言ってるじゃないですか!ちゃんと探したんですか?!」
「昨晩からこの辺一体を探しましたが見つからないんですよ。こればっかりは我々でもどうしようもないですよ」
「そんな・・・いなくなるなんて変ですよ!」
「判ってますよ。でも、本当にいないんですよ。事故直後に忽然と消えたようなんです」
3人の傍らには壊れたバイクがガードレールに立て掛けるようにして置いてある。事故が原因のようだ。
直江はそのまま通り過ぎようとしたが、違う方向を見ていた子猫がその様子を見た途端、急に暴れ出した。
「ミィ〜、ミィ〜!(譲!譲〜!)」
「ちょっ・・・、どうしたんですか?!」
高耶は落ちないようにと抱える直江の腕から転げ落ちるようにして飛び降り、3人のいる方へと走って行ったので直江は慌てて子猫の後を追った。
「ミィ〜、ミィ〜ッ!(俺のバイクがぁ〜!)」
子猫はバイクの下で必死に鳴いている。直江が駆け寄った時に子猫はバイクに向かってジャンプした。しかしまだ小さいせいでステップに捉まるようにしてぶら下がった。
「ミャオ〜!(俺のバイクがぁ〜!)」
じたばたと暴れる子猫を捕まえ、直江は大事そうに撫でた。
「無茶な事をしますね。どうしたいんですか」
「ミィ〜!(俺のなんだよ〜!)」
悲痛な泣き声に驚いた直江はバイクを見た。
元々は手入れされた物だったのだろう。傷のない所は光を反射するくらいに磨かれている。相当大きな事故だったのか、ハンドルの下辺りから大きく歪んでしまっている。タンクも凹み、レバーも折れているようだ。
子猫と繋がりがあるのかと思った直江はシートの上に子猫を乗せてみた。すると子猫は大人しくなり、シートの上で丸まってしまった。
(これは事情を聞いた方がいいかもな・・・)
そう思った直江は驚いた顔をしている3人に声をかけた。
背景(C)Salon de Ruby