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Take hold of a lonely heart (9)
「さ〜て、風呂じゃ風呂じゃ〜!綺麗にしちゃるきのぅ〜♪」
嶺次郎の所で買った猫用のシャンプーとリンス、それに高耶を抱えて一蔵はバスルームへと向かった。
(大丈夫かよ・・・コイツ・・・)
意気揚々としている一蔵を腕の中から見上げながら、高耶はだんだん不安になってきた。
一蔵が旦那と呼んでいるあの男と違い、どうも気になる。しかし、そんな高耶を余所に一蔵は高耶をバスルームへと放り込み服を脱ぎ始めたので、高耶は慌てて目線を逸らしバスルームの中へと入っていった。
(うっわ・・・でっけぇ〜!)
高耶は自分のアパートぐらいのバスルームの広さに思わず足を止めた。天井は半分ほどがガラス張りになっており、外が見えるようだ。
(ひぇ〜、金持ちっているんだなぁ)
感心して見入っていると一蔵が入ってくる気配がしたので、高耶は後ろを振り返った。
「ミャッ!(げっ!)」
「ん?なんじゃ、どうかしたか?」
(なんだじゃねぇよ〜!俺はそんなモン見たかねぇっ!)
高耶は思わず後退りしたが、一蔵は全く気にする事なく全裸で入ってきてドアを閉めた。相手が猫という事もあって一蔵はタオルで下半身を隠す事もせず高耶に近寄ってしゃがみ込んだ。
もちろん、高耶の目の前にはぼんやりとではあるが一蔵の股間がある。
「ミィ〜、ミィ〜ッ!(イヤだぁ、こっち来んなぁ〜!)」
突然暴れ出した高耶を一蔵は難なく捕らえた。
「こら、そんなに暴れちゃ洗えんだろうが。暫くじっとしとうせ」
「ミィ〜!フミィ〜ッ!(ヤダァ〜!放せ〜!)」
暴れる高耶を掴んだまま一蔵はシャワーの蛇口を捻り、熱めのお湯を高耶の頭からかけた。
「フギャッ!(アチィッ!)」
「ほれ、じっとしとればすぐに済むんじゃから・・・っと。あ、こらっ!」
堪らずに逃げ出した高耶と、それを捕まえようとする一蔵は狭くはないバスルームで格闘となっていた。
直江はそんな事になっているとは露知らず、仕事に集中していた。
自宅のPCにもデータを入れてあったお蔭でどうやら思ったよりは早く終りそうだ。子猫がいないうちにと、直江は煙草を吸いながら淡々と仕事をこなしていく。
カタカタカタカタ・・・・・
ドン!ガタンッ!
(・・・ん?何の音だ・・・)
カタカタ・・・カタカタカタカタ・・・・
バンッ!・・・ドタッ!・・・ガタガタッ!
「一蔵か?・・・何をやっているんだ」
あまりの煩さに直江は手を止め、バスルームの方を見た。しばらくすれば治まるだろうと思い再び手を動かしたが、治まるどころかどんどん酷くなっていく。
我慢できなくなった直江は大きな溜息をつきながら煙草を消し、かけていた眼鏡を外してバスルームへと向かった。
「おい、一蔵。何をやっている。どうかしたのか?」
ドアの外から声を掛けてみたが反応はない。直江はドアを開け、脱衣所へ入った。
「ミィ〜、ミィ〜ッ!(放せ、ヤダって言ってんだろっ!)」
「こら!逃げるな、泡だらけじゃろうがっ!」
「ミャ〜ッ!!(イヤだぁ〜!)」
格闘している様子が磨り硝子のドア越しに見える。
どうしたものかとドアの前で暫くの間考えたが、子猫があまりにも辛そうに鳴いているように聞こえた直江はドア越しに声をかけた。
「一蔵。嫌がっているのなら無理にしなくてもいいんだぞ。・・・おい、一蔵!」
普通なら聞こえているはずだが、中で相当暴れているようで直江の声は届いていないようだ。直江は思い切ってドアを開けた。
「おい、一ぞ・・・っ!」
「ミィ〜!(助けて〜!)」
「あっ!コラッ、逃げるなぁ〜!」
一蔵に捕まっていた高耶はドアが開いたのを見て一蔵の膝と肩を利用し、直江の方へと飛びついた。
高耶はありったけの力を振り絞って飛びついたが、直江の手前で失速する。直江は床に落ちそうになった高耶を慌ててキャッチした。
「まったく・・・何をやっ・・・え?」
「ワァッ!危ねぇっ〜!」
「うわぁっ!」
ホッとしたのも束の間、今度は一蔵が高耶を追って風呂場から出てきたのとぶつかってしまい、一蔵共々そのまま倒れこみ直江は床に叩きつけられた。
「旦那、旦那っ!しっかりしとうせ・・・旦那!」
一蔵は直江を揺すりながら必死に声をかけたが頭を打ったのか、直江は起きようとしない。
真っ青になりながらも一蔵は直江に呼びかけ続けた。 すると、直江の手の中から高耶がのっそりと出てきた。
(どうなって・・・あれ?)
見ると一蔵が必死に直江を揺すっている。直江に守ってもらったお蔭で高耶は潰されずに済んだようだった。心配になった高耶は直江の顔へと近づいて行った。
「ミィ・・・ミィ・・・(おい、しっかりしろ)」
「旦那ぁ・・・起きてくださいよぉ、旦那ぁ〜!」
一蔵のように身体を揺する訳にもいかず、高耶は直江の顔をそっと舐めた。
「ミャオ・・・ミャオ〜(起きろよ・・・おい、しっかりしろ〜)」
「旦那〜!旦那にもしもの事があったら儂はどげんして生きていけばいいんじゃぁ〜!」
なんだか女みたいな発言だな・・・と思いつつ、高耶は直江の顔を舐め、呼びかけた。
どれくらいたっただろうか・・・。直江は睫を震わせゆっくりと眼を開けた。
「ミィ〜!(良かった〜!)」
「旦那!判りますか?旦那っ」
「ん・・・ったく、何をやっ・・・痛っ!」
起き上がろうとした直江は後頭部を打った痛みに負け、再び横になった。高耶はどうしていいか判らず、直江の顔をそっと覗き込んだ。
すると直江の大きな手が高耶へと伸びる。散々風呂の中で暴れていたので怒られると思った高耶は思わず身体を竦め、眼を閉じた。
(・・・・・えっ?)
恐る恐る眼を開けてみると、直江は高耶を見詰めながら優しく撫でている。
「ミャ〜(怒らないのか?)」
「無事でよかったですよ。潰してしまったかと心配しました」
高耶はどう答えていいか判らず、感謝の気持ちを込めて直江の頬を舐めた。
「旦那ぁ・・・大丈夫ですか?」
申し訳なさそうな一蔵の声に、直江は苦笑した。
「あぁ、なんとかな。・・・ったく、何をやっているんだ」
「すんません、旦那。まさか旦那がいるとは思わなかったもんで・・・」
直江はゆっくりと身体を起こそうとしたが、今度は一蔵を見てまたもや寝転がった。
「だ、旦那っ!やっぱ痛いですかぁっ?!」
心配な一蔵は直江の顔を覗き込んだ。
「・・・・・、一蔵」
「はい!旦那」
「頼むからその格好で俺の上に乗るのは止めてくれ・・・・・。あんまり気分の良いもんじゃない」
「は・・・・?」
直江の言葉に一蔵は何の事かと考え、自分を見た。
「わぁっ!す・・・すんません、旦那!」
全裸のまま直江の上に跨っていた一蔵は慌てて直江の身体から降りた。
(わ〜っ!儂、何をやっとんじゃ〜っ!!)
思わず赤面した一蔵を見て直江は苦笑し、ゆっくりと起き上がった。まだ頭が痛いが大した事ではなさそうだ。
「一蔵。さっさと身体に付いた石鹸を落として来い。そのままだと風邪をひくだろう」
「へ、へい。判りやした」
一蔵は急いでバスルームへと戻って行き、シャワーを使う音が聞こえてきた。高耶は座り込んだままの直江の膝の上にちょん、と乗っかった。
まだ頭が痛むのか、直江は打った辺りを擦っている。
「ミャァ〜(大丈夫か?)」
心配そうに見上げる高耶に直江は微笑し、そっと頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。・・・?それより・・・」
「ミャ?(それより?)」
直江は言葉を切ってゆっくりと立ち上がり、タオルを手に取って高耶を包んだ。
「フミャ?(ほぇっ?)」
「せっかく体温が戻ったというのに、こんなに冷えてはまた衰弱してしまうでしょう」
タオルで包んだ高耶を暖めるようにして抱いて、直江は一蔵が風呂から出るのを待った。
高耶が直江の体温を感じ、大人しく抱かれていると突然大きな音を立てて一蔵が風呂から出てきた。
「ふわぁ〜って、旦那!何やってんすか?」
「お前が出てくるのを待っていたんだ。子猫に付いた石鹸も落とさないといけないだろう」
「そりゃそうですが・・・まだ洗ってもないんですよ、旦那ぁ」
「はぁ?・・・あれだけ時間がかかってまだ洗ってない?」
「へぇ・・・面目ない」
一蔵の言葉に直江は思わず溜息をついたが、抱いていた高耶を広い洗面台の上に置いて袖を捲り上げた。
「だ・・・旦那が洗うんですかぁっ?」
「お前が無理なら俺がするしかないだろう」
直江は靴下を脱ぎ、スラックスの裾を数回折って高耶を抱いてバスルームへ入った。
「一蔵。お前でも出来る部分が残っているから、お前は仕事の方を進めておいてくれ」
「へい!判りました、旦那」
「頼んだぞ」
一蔵の返事を聞いて、直江はバスルームのドアを閉めた。
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