Take hold of a lonely heart (6)




(げっ!な・・・なんだ、あれ?!)
 あまりの恐ろしさに高耶は後退った。天井から覗くようにしているそれは、どう見ても顔のはっきりしない大きな海坊主だ。それが二つ、高耶を見下ろしている。
「おっ、結構可愛いじゃんか」
「あぁ。だけど誰がこんな所に置いてったんだろうな」
「ひでぇヤツが多いってこった」
 海坊主達は高耶を眺めながら話を続けている。高耶は恐怖を感じてはいたが、喰われるものかと全神経を集中して戦闘体勢をとった。
「あ、コイツ怯えてるようだぜ?」
「仕方ねぇだろ、こんな事されちゃなぁ・・・」
「お〜よしよし。こっち来な」
(わ〜っ!触るじゃねぇ〜っ!このぉっ!)
 海坊主の一つが高耶の方に全身がすっぽりと収まるような大きな手を伸ばしてきたので、高耶は捕まってなるものかとその手に向かって殴り掛かった。
「つっ・・・!コイツ、引っ掻きやがった!」
「当たり前だろ?全身の毛、逆立ててんだから」
 海坊主は高耶の殴った(引っ掻いた)手を眺めながら話している。
(どういう事だよ・・・引っ掻いたって・・・?)
 高耶は海坊主の会話を聞いて疑問を持った。威嚇はしているつもりだが、自分には全身に目立つ毛はない。例えかとも思ったが、自分は確かに殴ったつもりだったのに引っ掻いたと言った。だんだん訳が判らなくなってくる。高耶は益々海坊主を睨み付けた。
「おい、コイツどうすんだ?」
「どうするってったって・・・仕事中だしなぁ。連れて帰る訳にはいかないだろう」
「そうだけど・・・。こんな所置いてったらコイツ、死んじまうって」
「困ったなぁ・・・。俺達にゃどうする事も出来ないだろ」
「う〜ん・・・」
 海坊主は高耶をどうするかで悩んでいるようだったが、高耶にしてみれば喰われるくらいなら死んだ方がマシだと思った。それと同時に死神の高坂を恨んだ。
(あのヤロ〜!元の世界に戻ってねぇじゃね〜か!今度会ったらブン殴ってやるっ!!)
 高耶は部屋の隅っこで必死に威嚇しながら海坊主を睨み続けていたが、今度は忘れていた寒さが襲ってきた。寒さには強い方だったはずだが、ここの寒さには耐え切れないものがあった。身体がガタガタと震え出す。部屋から逃げ出そうにも4m近い高さの天井に届くはずがなかった。思うように動かない身体で高耶は脱出の方法を必死に考えた。
それぞれが考えを廻らせていると、不意に後ろから声が掛かった。



「どうかしましたか?」
 突然聞こえた声に、海坊主達は後ろを振り返った。高耶もそれにつられてその方向を見ると、新たな海坊主が姿を現した。
(げっ!またかよ!)
 海坊主達は新たに来た背の高い海坊主に事の次第を話し出した。
「いやぁ、俺ら仕事でここのゴミを集めに来たんですがね。何か声がするもんだから何かと思って探してたら・・・」
「この箱の中から聞こえてきたんで、開けてみたら子猫が入ってたんっすよ」
(はぁ?こ・・・子猫ぉっ?!)
 海坊主の発言に高耶は驚いた。自分のどこが猫なんだ!と思い、つい怒鳴り返した。
「ミィ〜!!(俺のどこが猫なんだよ!)」
「・・・あぁ、まだ生まれて間もない子猫のようですね」
 新たに来た海坊主が声に気付いて高耶を見て言った。
「そうでしょ?このままだと死んじまうと思って・・・」
「けど、俺らはまだ仕事があるし・・・。どうしようかと考えてたんですよ」
「ミィ〜〜ッ!!(だから俺のどこが猫なんだよっ!!)」
 叫んでから高耶はふと自分の身体を見た。何故かぼんやりとしか見えないが、天井からの明かりで何となくは判る。高耶は眼に映った自分の姿に驚愕した。
「ミィ〜ミィ〜〜ッ!!(なんで俺、猫になってんだよ〜!!)」
 なんと高耶は手と腹の部分が白い、小さな茶トラの子猫の姿になっていたのだった。
(・・・ってことは、あの海坊主は・・・人間なのかぁっ?!)
 思わず上を見上げ、今まで海坊主と思っていた3人の顔を見た。はっきりとは判らないが、自分が子猫の大きさなら人間がデカくて当然である。
「ミィ〜・・・(なんで猫なんだよ・・・)」
 高耶は失意と寒さでとうとう蹲ってしまった。どうして猫の姿になっているのか見当もつかない。死神が言っていた別の身体がこれだったという事なのだろうか。  この姿でどうやって最愛の人間を見つけられるというのだろう。高耶は泣きそうになるのを堪えるようにさらに蹲った。
 しかし、人間からしてみれば恐怖と寒さで丸まっているようにしか見えない。
「あ〜ぁ。やっぱ寒いんだぜ、コイツ」
「でも、俺達は連れて帰れねぇよ」
「そうだけど・・・」
「・・・・・・・」
 2人の清掃作業員は困った顔をしながら高耶を見た。余程猫が好きなのか優しい人間なのだろう。どうしても放ってはおけないようだった。
 すると、暫く考えるように黙って聞いていた第3の男が急に箱の中に手を伸ばした。
「あ、あんた!危ねぇよ」
「コイツ、気ぃ立ってるから引っかかれるぜ」
「・・・・・・・・」
 2人が止めるのを無視し、男は箱の中の子猫をそっと両手で包んだ。丸まって震えていた子猫は手の感触に驚いたように顔を上げた。
「ミィ・・・(なんだ・・・)」
 男はそのまま子猫を箱から出し、掌に乗る小さな身体を胸の前でそっと撫でた。
「おぉ?暴れねぇぞ」
「ホントだ・・・」
 作業員達は男の手の中で大人しく丸まっている子猫を眺めながら少しホッとした顔をした。
「兄さん、あんた飼ってやるのか?」
「私には無理でしょう。仕事で家を空ける事が多いですから・・・」
「なぁ、飼ってやってくれよ。このままじゃコイツ、死んじまうよ!」
「それは判りますが・・・」
 自分としても、このまま捨てるような事はできなかったが、実際問題として猫を飼う余裕がないのも事実であった。どうしたものかと考えていると、一人の男が走って来た。



「旦那ぁ。取ってきましたぜ・・・って、あれ?」
 車の中に直江の姿がないのを見て、一蔵は辺りを見回した。すると、ビルの横の路地に2人の男と一緒にいるのが見えた。なんだろうと思いながら、一蔵は直江の元へ駆け寄った。
「旦那、どうかしたがですか・・・って、猫・・・ですかぁ?」
「ん?あぁ、一蔵か。実はな・・・・」
 直江は作業員にもう一度説明をしてもらった。話を聞き終わった一蔵は、直江の手の中で震えている子猫を覗き込んだ。
「あや〜!またこりゃちっこいなぁ。まだ眼がはっきりと見えてないがですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。それにこんな寒空の下でいたらすぐに死んでしまいますよ、旦那」
「・・・・・・・・」
 一蔵の言葉を聞き、直江は子猫を見下ろした。普通、猫は抱くと暖かいはずだ。しかしこの子猫は冷え切っているのかとても冷たい。確かに、このまま置いていけば朝にはきっと死んでいるだろう。動物はそんなに好きな方ではなかったが、死ぬと判っていて置いて行く事など出来なかった。
「私が飼うかどうかは判らないが、飼い主が見つかるまでは私が面倒を見よう」
「ホントですかぁ?」
「いやぁ、良かったよ。兄さんみたいな人がいてくれて・・・」
「えぇ。ちゃんと見てくれる人を探しますよ」
 直江は作業員に約束した。ホッとした作業員たちは仕事があるから後はよろしく、と言ってゴミを全部片付けて去って行った。
「しかし、どうしたものかな・・・」
「へ?どうしました、旦那?」
 直江は少し困ったような顔をしながら子猫を撫でている。
「あぁ。猫を連れて帰るのはいいんだが、家には何もないだろう?餌は・・・コンビニででも牛乳を買えばいいか・・・」
「旦那ぁ!牛乳はダメですぜ!」
「どうしてだ?」
「こんな小さいうちは牛乳はダメです。腹壊して死んじまうきに」
「そうなのか・・・。ではどうするんだ。食べる物がなければ益々弱ってしまうだろう」
「う〜ん・・・・。あ、旦那、ちょっと電話掛けてきますきに。ちょっと待っとうせ!」
 車に置いてある携帯を取りに行った一蔵を追うように直江も車の方へと戻って行った。いくら猫よりも温かい手とはいえ、外にいたのだからきっと自分の手も冷えている。車の中にいれば早く温もりを取り戻すだろうと考えた。後部座席に乗り込み、直江は子猫をジャケットの中に入れた。その方が早く温まるだろうし、衰弱している子猫を早く元気にしてやりたかった。
「旦那!ちょっと寄り道しますぜ?」
「何処へ行く気だ?」
 電話を切った途端、振り返って言った一蔵に直江は問いかけた。
「知り合いの獣医ん所です。すぐに連れて来いっちゅうとりますきに。それにそこには餌とかも置いてますきに、ある程度のもんは揃いますぜ」
 直江は仕事を早く片付けないと、と少し考えたが子猫を死なすよりはいいだろうと思った。
「判った。急いで向かってくれ。俺はノートでなんとか仕事を進める」
 直江は震える子猫を撫でながらPCを立ち上げ、仕事に取り掛かった。
「へい、旦那!任せてください!」
一蔵は軽快な返事と同時に車を発進させ、獣医の元へと急いだ。








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