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Take hold of a lonely heart (3)
一瞬のうちに真っ白な光に包まれ、あまりの眩しさに高耶は目を瞑った。
衝撃が来るのではと思い、蹲るように暫くじっとしていたが何の変化もない。何が起こったのか確かめたくて高耶はおそりおそる顔を上げた。
見たところ状況は先程と変わりない。相変わらず暗黒の世界にいるようだ。
ただ一つを除いて・・・。
(何だ?・・・これ・・・)
2mくらいの高さにぽぅっと浮かんでいるのは先ほどの光だろう。高耶を見下ろすように光っている。高耶はどうしたものかと考えたが、それを察したように突然声が聞こえた。
『お前は何故ここに来た?』
「えっ・・・?!」
『どうしてここに来た?』
「どうしてって・・・。事故・・・したから・・・と、思う」
どう答えていいか判らず、高耶は自分の記憶を頼りに俯きながら話した。
『どうしてここに来たかったのだ?』
「・・・・・来たかった、って訳じゃ・・・」
『お前は全てを捨てたかったのだろう?』
「!!」
全てを知っているような問いかけに高耶は衝かれるように顔を上げた。
もしかしたらこれが閻魔様で、この答え次第で自分の身の振り方が変わるのか、とまで考えてしまった。そうなると嘘をつく訳にはいかない。でも自分でも良く分かっていないだけに、どう返答すればいいか判らなかった。
『捨てたかったのだろう?』
「・・・・・判らない」
「望んだのではないのか?」
「判んねぇ・・・。望んでたのかも知れない。でも・・・」
『でも・・・?』
「生きていたかった気もする・・・」
『・・・何故そう思う?』
「だって・・・俺、ここに来たって嬉しくねぇもん。まだやりたい事とかあったし・・・」
『では何故ここにいる?』
「・・・・・・」
『ここにいるという事は望んだという事だろう?』
「判らない・・・。判んねーんだよ!確かに生きてるのに疲れてたのは認める。けど・・・、本気で死にたかった訳じゃねぇっ!」
『じゃあ、何故ここにいる?』
「知らねぇよ、そんなの!あん時、死神みたいなのが見えて《あぁ、俺死ぬんだ》って思っただけだよ!」
半ば自棄になって高耶は光を睨みつけながら叫んだ。しかし、相手は気にも留めずに話を続けていた。が、高耶の今の発言が気になったのか光が微妙に変化した。
『死神・・・?』
「あぁ。真っ黒の服着たやつだよ!でっかい鎌持ってた。そいつが連れて来たんじゃねーのかよ?!」
『それはもしかしてそいつの事か?』
「へっ?」
何の事かと一瞬呆けていたが、気配を感じた高耶は後ろを振り返り、音もなく現れていた人物を見て飛び上がるほどに驚いた。
高耶の背後に立っていたのは間違いなくあの時の死神だった。
「あっ!あんた、あん時の・・・!」
『その者がお前をここに連れてきたのか?』
「たぶん・・・、間違いねぇ」
高耶に確認を取った声の主は何故だかそこで大きな溜息をついた。
『何を考えている。関係ない者を引きずり込むなとあれほどきつく言っておいたのに・・・』
≪あまりに寂しそうだったのでな。つい連れて来たのだ≫
そう言いながら死神は骸骨の仮面を外した。現れたのは肩にかかるくらいの漆黒の髪をした、色白の女のように赤い唇をした男だった。
「はぁ・・・?」
『お前がそんな勝手な事をするから話がややこしくなるのだろう』
≪ふんっ。そんなものは知らん≫
『知らんで済む話ではない!これがどういう事か判っているのだろう?!』
≪私は望んでいるように見えたからついでに連れてきただけだ≫
「・・・って、どーゆー事?」
座り込んだ頭の上で言い合うのを高耶は顔だけ動かしながら黙って聞いていたが、我慢しきれずに口を挟んだ。
『お前の勝手な行動で皆が迷惑しているのだ。少しは自覚しろ』
≪ふん。そんなもの、知った事か・・・≫
高飛車な喋りをする死神はその言葉を最後に、プイッと顔を背けたまま口を噤んだ。
「なぁ・・・。一体どうなってんだ?」
高耶が光に向かって訊ねると、光はまた大きな溜息をして説明を始めた。
『お前は本来、ここに来る予定がなかったと言う事だ』
「へ?・・・って事は・・・」
『そう。お前は死ななくてよかったのに死んでしまったのだ』
「え゛〜!!そりゃねーよっ!」
『気持ちは判る。しかし、このままではお前は本当に死んでしまう事になる』
「ちょ・・・、本当に死ぬって・・・。俺、死んだんじゃねーの?」
光が発した言葉が妙な事に気が付き、高耶は詰め寄るようにして問いかけた。
『厳密に言えば死んでいない。何故ならお前はまだ肉体があるだろう?』
「あ・・・、そういえば・・・」
『本来、ここには魂だけが来るのだ。しかし、あやつが無理矢理引っ張り込んだせいでお前は肉体を持ったままここに来てしまったのだ』
「・・・って事は・・・どうなるんだ、俺?」
『元の世界ではお前は忽然と消えた事になる』
「げっ!死体はねーのかよ?!」
『当たり前だ。肉体はここにあるのだから・・・』
「じゃ、俺が望んだらここから出られるのか?」
希望が見えたと思った高耶は更に詰め寄った。しかし、光はまた変化した。
『・・・・・、無理だ』
「どうして?!」
『こちらの世界からお前を送り出す事は出来ないのだ』
「何でだよっ!死んでも生き返ってくる奴だっているじゃねーか!」
『あれは魂だけだから出来る事なのだ。身体までこっちに来てしまうとそう簡単には戻れない』
「そんなぁ・・・」
折角見えた希望の光が消えていくようで、高耶はがっくりと項垂れた。相変わらずぼんやりと輝く光はそんな高耶を哀れんでいた。何とか元の世界に帰してやりたい。しかし、こちらの世界の力だけではどうする事も出来ない。
暫くの間、両者の間に沈黙が漂った。
永遠に続くかと思われた沈黙を破るように高耶が小声で呟いた。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ・・・?」
『・・・・・・・』
「だって・・・ここから出られないんだろ?そしたら、俺・・・ここで・・ずっと・・・一・・・人・・・」
先ほど堪えていた涙がまた溢れ出して来る。止まらないのか、高耶はぽろぽろと涙を零し、声を震わせながら呟いた。
こんな結果が判っていたなら死にたいなどとは思わなかった。今更後悔しても遅いのは判っている。それでもやはり納得できない。発狂しそうなのを必死に絶えるしかない。拳を白くなるほど握り締め、高耶は暴走しそうな心を必死で押さえ込んだ。
そんな高耶を見ていた声の主はある決断を下した。
危険は承知の上だが、このまま放って置く事が出来なかった。たとえ0.1%の希望でもあるならそれに縋ってみようと思った。
『お前を帰してやる方法がない訳ではない』
「・・・えっ?」
瞬時に理解できなかった高耶は呆然とした顔のまま光を見上げた。
『お前には・・・お前を愛してくれる者はいないのか?』
「どうして・・・それがここから出るのと関係あるんだ?」
『その者の想いがお前をここから出す鍵となるのだ』
「それって・・・」
『その者のお前を想う気持ちが、お前を身体ごと元の世界へと引っ張る力となるのだ。上手く行けば元の世界に帰れる』
「・・・・・・・」
『お前を愛している者はいないのか?』
「妹か・・・友達なら・・・いる」
高耶の返事を聞いて、光は悲しげに揺れた。
『肉親や友人では無理だ。恋人は・・・いないのか?』
「・・・そんなの・・・いない・・・」
『そうか・・・』
また沈黙が訪れる。これ以上は無理かと思われた。
仮に高耶を想う者がいても生半可な想いでは連れ出す事は出来ないのだ。光は諦めたように揺れ、高耶の身体から魂を出そうと強く光出した。
その時 ────。
≪これを使えば戻れるだろう?≫
「えっ?!」
いつの間にか高耶の背後にさっきの死神が立っている。その右手の掌には蛍のような小さな光が乗っている。
『お前・・・それは危険すぎる!』
≪なぁに、上手くいけば元の身体にも戻れる。失敗しても別の身体に生まれ変わったように生活するだけだ≫
『しかし・・・!』
死神の言いたい事が判ったのか、光は猛烈に反対した。先ほどの方法よりもっと危険なその方法を行使する気にはなれなかった。もっと悲しい結末が待っているかもしれないからだ。しかし、死神はそんな事はお構いなしの様子で飄々と話を続ける。
≪ここで無理矢理魂を抜いて連れて行くよりはマシだと思うがな≫
『・・・・・・・』
≪どうだ?お前は危険を承知であっても帰りたいか?≫
「俺・・・」
急に話を振られた高耶はどうすればいいかと光を見上げたが、何の答えも返さない。危険度が高い故に賛成できないのだろうという事は理解できた。しかし、帰りたいという気持ちには勝てるはずがなかった。高耶は今までとは打って変わり、引き締まった表情で背後の死神を見上げた。
「それを使えば・・・帰れるのか?」
高耶は死神を見詰めながら問いかける。嘘を瞬時に見抜くような鋭い眼をしていた。死神は少し驚いたような顔をしたが、先程までと同じ傲岸不遜な態度のまま高耶を見下ろした。
≪あぁ。元の世界に帰ることは出来る。しかし、その身体はすぐには戻れん≫
「どういう事だ?」
『身体を元の世界に帰す方法は先程の方法しかないのだ。だが、お前にはその相手がいない。だから別の身体でその相手を探すのだ。見つかれば身体を取り戻せる。見つからなかったら・・・』
「なかったら・・・?」
≪別の身体で生きていく事になる≫
「そ・・・そんな・・・!」
≪お前が相手を見つければいいだけの事。それが出来なくてもここにいるよりはマシだろう≫
「・・・・・・・・」
『どうする?これが最後のチャンスだ・・・』
「見つかれば・・・俺は元の俺に戻れるんだろ?」
≪あぁ、戻れる。しかし、そう簡単にはいかんぞ?≫
『期限は3ヶ月だ。その間に見つかればお前は元の身体に戻れる』
「さ・・・3ヶ月?たったそれだけの時間しかないのか?!」
≪そうだ。それでも試してみる価値はあるだろう?何もしなければお前は死ぬだけなのだから≫
「・・・・・・・」
『どうする・・・、やってみるか?』
「ここにいたら死ぬだけなんだろ?」
≪あぁ。私がその身体から魂を抜き取ってやる≫
「3ヶ月過ぎたら・・・、ここに置いていく俺の身体はどうなるんだ?」
『探せずに3ヶ月過ぎればお前の身体は消滅する』
「・・・・・判った」
意を決した高耶はゆっくりと立ち上がった。野生の獣の様な強い眼差しで両者を見る。
「ダメ元でやってやる・・・。死ぬのを待ってるなんてガラじゃねーからな」
≪ふんっ。お前みたいなヤツは殺しても死なないだろうな≫
妖しく笑いながら死神は茶化していたが、急に真面目な顔になって高耶を見た。
≪今までこれに挑戦した奴は大勢いるが、誰も成功していない。生半可な気持ちでは探せん事を肝に銘じておけ≫
『時々様子見にその高坂がお前の前に現れるだろう。何かの助けになるかも知れん』
高耶はふっ・・と笑い、挑戦的な表情になった。
「絶対に探し出してやる。俺がここから出た最初の人間になってやるよ」
『判った。不自由はあるだろうが・・・頑張るんだぞ』
高耶は黙って頷いた。
すると、今まで静かに光っていたのが急に強く光りだした。また光に飲み込まれると思った高耶は咄嗟に目を瞑った。
その途端、高耶の足元が突然なくなり、高耶の身体は奈落の底へと落下した。
「わぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」
高耶の記憶はまた其処で途切れてしまった・・・。
背景(C)Salon de Ruby