深く眠っていた意識が浮上していく ─────
(ここは…何処だ…?)
仰向きになって寝ているのは判るがどうも様子が変だ。
身体が水中にいるような感覚である。
眼を開けて周りを見たいが瞼が重く、開かない。
瞼だけでなく、身体全体が重く、そしてだるい。手足を動かしてみるが、まるで泥の中にいるように上手く動かせない。
「俺、なんでこんな所にいるんだ…?」
ふと口に出した言葉をきっかけに、高耶は記憶を辿る。
(えっと…、確か俺・・親父に殴られて、家飛び出して……)
順番に辿って行って、高耶はようやくバイクで事故を起こした事を思い出した。
(そうだ、あの時トラックが出てきて、それで…)
死神と白い光が頭の中に浮かんだ。
「そっか…俺、死んだんだ……」
辿り着いた答えに、高耶はふっと笑った。事故った割には身体の痛みがない。それに今いる場所はとてもこの世とは思えないほど静かで暖かい。
そう、まるで母の胎内にいるように…。
ぼんやりとしていると、身体が水底から水面へゆっくりと浮上するように感じた。水圧が少なくなっていく様な感覚と同時に意識がはっきりしてくる。
身体にかかる負荷がなくなったと気付くと同時に、高耶はそれまで閉じていた瞼をゆっくりと開けた。
最初に見えたのはただの暗闇。
眼だけを動かし周りを見たが、見えるのは闇に支配された空間だけだった。
自分の置かれている状況が判らず、急に不安になった高耶は身体を起こした。
事故の瞬間を思い出し、高耶は自分の身体を弄ってみたが、全身無傷で痛みもなく、それどころか服にも傷一つない。
普通に考えればそんな事ありえない話だ。
「やっぱ俺、死んだんだな…」
望み通りにあの死神が連れて来たのだろう。
そう思った時、なぜか少しだけ寂しくなった。
自分が望んだ事なのに寂しいと思うなんておかしい。ここには何もないし、誰もいない。だからそう思ったのだろうと思い直し、高耶は立ち上がった。
じっとしていても何も判らないだろうし、こんな所に一人でいるのも嫌だ。
何処まで続いているのかも判らない暗闇の中、高耶は慎重に足を踏み出した。
☆
暗闇の中をもうどれくらい歩いたのだろうか…。
身体に疲れは感じないが終わりも見えない。まるで『メヴィウスの輪』の上を一人で歩いている気分だ。
「ちっきしょー。どうなってんだ、ここは…っ!」
無駄な事をしている気がして、高耶は頭を掻きながら大きな溜息を一つついた。
「自殺みたいなもんだし、ここにずっと居ろって事か?」
さすがにこんな暗闇に長時間一人で居るのは辛い。
確かに一人になりたい、終わりたいとは望んだが、こんな状況を望んだのではない。そう思った途端、涙が溢れてきた。今更後悔しても遅いと判っていてもどうしようもない。
誰もいないと判ってはいるが、涙を見せるのが悔しくって高耶は俯き、ぎゅっと拳を握った。
「これが…、俺への罰、なのか…?」
掠れた声でそっと呟いた時、堪えていた涙が一粒、頬を伝って流れ落ちた。それは漆黒の闇に落ちて音もなく消えた。
肩を震わせ爪が食い込むほど強く拳を握り締めながら、これ以上涙が零れ落ちないように必死に耐えた。
(帰りたい…)
そう思っても無駄な事だと判っているが、願わずにはいられなかった。
こんな孤独な世界にはいたくない、そう心の中で必死に叫び続けた。
かえりたい……
帰りたい………!
カエリタイッ………!!
発狂寸前の高耶がふと、何かの気配を捉えた。
顔を上げその方向を見ると、遠くに蛍のような小さな光が見えた。今まで何もなかった場所に現れたそれは、高耶を導くように光っている。
気付くと高耶はその光に向かって走り出していた。光が消えてしまわないように祈りながら、無我夢中で走った。
しかし、どれだけ走っても一向に光は大きくならない。
それでも高耶は走り続ける。
これがきっと『最後のチャンスだろう』、という事が判るからだ。
息が上がり、足が縺れ、転びそうになりながらもただ、走り続ける。
どれくらい走り続けただろうか…。
朦朧としてきた頭で、もう限界だ…と思い足を止め、高耶はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
(もう…、ダメなのか……?!)
悔しくて、悲しくて…他に言葉が出てこない。
それでも高耶は遥か彼方で光続けるものを見詰め続けた。
まるで恋焦がれるもののように──────
するとそれまで何の変化もなく輝いていた光が急に強く光を放ち出した。
高耶が凝視していると、その光は益々光を強め、少しずつ大きくなっていく。
(えっ…?!)
──── そして、気付いた時にはその光に飲み込まれていた。
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