「お帰りっ!直江ぇっ!!」
自室の戸を開けたと同時に直江の帰りを今か今かと心待ちにしていたような声が奥からする。
それと同時に満面の笑みを浮かべながら高耶が飛び出し、駆け寄ってくるその姿に直江は思わず仕事の疲れも忘れて表情を崩してしまう。
「ただいま帰りました、高耶さ・・・フガッ?!」
出てきた高耶は、何を思ったのかそのまま直江に突進してきて、まるでタックルでもするように抱きつき、そのまま口接けてきた。
そんな高耶に直江は驚いてしまい、思わず腰が引けてしまったが、高耶からのアプローチが嬉しくないはずがない。
そのままの体勢で、直江は鞄を持ったままの手を高耶の背中に回して強く引き寄せた。
いつもなら軽く触れる程度だが、今しているのはもっと濃厚なもので、いつもと違う高耶の行動に直江は今にも襲い掛かりそうになる。
しかし、大人の余裕でその感情をぐっと押さえ込んだ直江はなんとか唇を離すと 、潤んだ瞳で見上げている高耶に微笑した。
「どうかしたんですか?」
苦笑しながら高耶の唇に指を這わせ、優しく見下ろすと、今にも蕩けそうな表情のまま高耶が問いかけてくる。
「直江、疲れたろ?メシにするか?それとも風呂が先か?それとも・・・・・」
≪それとも・・・・・?≫
なんだろう?と首を傾げる直江を他所に、高耶は普段から部屋着として着ている直江の大きなシャツをガバッと開くと、
「俺が先か?!」
と、にこやかに言った。
≪?☆ ◆×◎▲#♂〜!!≫
高耶の言葉と行動に唖然とした直江は思わず口をあんぐりと開け、持っていた鞄を落としてしまった。
それに高耶の格好だ。
いつもは下に短パンを履いているのに、今はシャツ以外何も着けていない。
つまり・・・・・・・裸だ。
「た、高・・耶・・・・さん・・・、今、何・・・て?」
「ん?・・・どうかしたか?」
動揺しながらも何とか言葉を紡いだ直江とは対称に、高耶は平然としている。
幻覚でも見ているのではないかと思った直江は落ち着こう、と一つ深呼吸をして高耶を見た。
「高耶さん、私がいない間に何かあったんですか?」
「べ、別に。何も・・・・?」
「そう・・・ですか」
高耶は慌てて、何でもないという顔をして目線を逸らしたが、少しの変化も見逃す事のない直江の眼から見れば一目瞭然である。
≪何かあったな・・・・・≫
「今、メシ温めてるし、風呂は今から湯張る所だったんだ。俺ならいつでもOKだぜ」
「・・・・・・・・はぁ?」
≪・・・・・一体どうなってるんだ?≫
自分の言動がどれほど異常なものか高耶は気付いているのかいないのか、シャツの前を全開にしたまま直江の前に立っている。
呆然として動かない直江に焦れたのか、高耶はまるで猫が身体を摺り寄せるような動作で近寄ってくる。
「どうする?どれからする?」
「ど、どれからって・・・・・・」
≪するっていったらアレしか当てはまらないだろうに・・・・・≫
直江は動揺する心をひた隠し、高耶を見つめた。
「高耶さん、やはり何かあったんですね?」
「っ!・・・・・何もねーって!」
「・・・そうですか?どうも様子が変ですよ?」
「!!」
その問い掛けに高耶は明らかに動揺し、肩を揺らした。
【マズイッ!バレたか?!】
高耶の奇怪な行動にはもちろん理由があったのが、どうしても直江には言いたくなかったのだ。
☆
―――― それは今日の昼下がりの出来事・・・・・・
大学は夏休みで朝から家事を一通りこなしてしまった後の高耶は、直江もいないこの部屋で他にすることがなく、かと言って出かける気もしないのでリビングのソファにゴロ寝をしながらぼんやりとテレビを見ていた。
昼間の地上波番組は大した番組もなく、衛星放送やケーブルテレビのチャンネルを億劫そうに変えながらぼんやりと画面を眺めている。
(直江・・・・、早く帰って来いよ・・・・・・)
直江がいない部屋はひどく寂しく、そして広く感じる。
今晩には帰ってくるとわかってはいても、やはり寂しいものは寂しいのだ。
高耶はやり切れない思いを打ち消すように抱えていたクッションにぱふっと顔を埋めた。
ピンポーン ───
「っ?!」
突如軽快なインターホンが鳴り響いたので、高耶は驚いた猫の如くガバッと身を起こし、玄関の方をジロッと見た。
下のエントランスではなく、部屋の前に誰かが来ているようだ。
直江の気配も感じないし、『昼間の来客=セールス』というイメージがある高耶は居留守を決め込む事にし、再びソファに寝転んだ。
ピンポーン ───
「・・・・・・・・・・・・・」
ピンポンピンポンピンポーン ───
(しつけぇな・・・・・)
ピンポンピンポンピンポンピンポン・・・・───!
「だぁ〜っ!もうっ!うっせーなぁっ!!」
あまりのしつこさに頭にきた高耶は、クッションを片手に持ったまま廊下をドタドタと走り出す。
せっかく直江の事を考えていたのに邪魔されたとあって、高耶の怒りは相当なものだ。
一発殴ってやろうと、走ってきた勢いそのままにドアを乱暴に開けた。
「このヤロー!!うるせぇ・・・・っ!!」
「よぉっ!景虎!」
拳を振り上げた先にいたのは、すっかりお馴染みになった派手なシャツを着て手を振る千秋の姿だった。
「・・・・・千秋か。何だ、何か用か?」
憮然とした表情のまま、高耶は千秋を睨みつける。
それに対して「お〜怖っ!」と茶化し気味に言うと、千秋はふんぞり返るようにして高耶に向かった。
「何だはねーだろぉ?ヒマしてるだろうと思ってせっかく来てやったってのに。それに・・・」
そこで言葉を切った千秋は高耶の横をすり抜け、さっさと靴を脱いでズカズカと部屋の中に入っていく。
ムッとしていた高耶は千秋のあっという間の行動で我に返るとドアを閉め、その後を追った。
「それに・・・・・、何だよ?」
「家のビデオが潰れて見れね―んだよ!で、子守ついでにここに来たっつー訳」
「はぁ?・・・って子守とは何だよっ!」
高耶は呆れて物も言えない、という顔をしていたが、「子守り」と言われ思わずムッとする。
(でも、確かに暇だったし、直江が帰って来るまでならいっか・・・)
気持ちを切り替えると、高耶は千秋の後に続いてリビングへと入った。
「さーてと、じゃあ早速これからいこうかなぁ。あ、景虎ぁ!ビールくれ」
勝手知ったる・・・・・の様子でビデオをセットすると、千秋はリモコン片手に一人掛けのソファにどっかと腰を下ろした。
「ったく、仕方ねぇなあ。で、どんなビデオなんだよ」
「まぁそう急かすなよ。5時間はゆうにかかるぜ」
【・・・どんな映画なんだ?】
冷蔵庫からビールを出しながら高耶はふと疑問に思ったが気を取り直し、つまみのお菓子と一緒にビールを抱え、リビングに向かった。
が、高耶はリビングに入った所で見た目の前の光景に凍りついてしまう。
「げっ!お・・・お前、これ・・・・・っ?!」
「おっ、景虎ぁ、始まってるぞぉ。ははは!さっそくヤってやがるよ」
リビングの大きなテレビ画面に写る映像に、高耶はビールを落としそうになっていたが、千秋はそんな高耶に目もくれず、早くビールを寄越せとばかりに手を出している。
「・・・・・・・・・・・」
耳まで真っ赤になった高耶はおずおずと千秋に近づくと、落ちかけていたビールを腕の間から千秋の手へと器用に落とす。
急に静かになった高耶をチラッと横目で見ると、千秋は意味ありげに笑った。
「別に大したモンじゃねーだろーが。お前らのに比べれば」
「・・・・・・何処で見た?」
真っ赤になったまま凄い目つきで睨みつけてくる高耶を千秋は気にもせず、画面からは目を離さずニヤリと笑った。
「見なくても解かるってーの。お前等のやる事なんか」
「・・・・・・・・・・・」
ヘラヘラと笑う千秋に、高耶は言い返す言葉を探したが見つからず、仕方なしに向かいのソファに座った。
【こいつ・・・・・、もしかして解っててやってんのか?】
高耶は気を紛らわせようとビールを開け、口元に持っていきながら千秋を見遣った。
千秋はそんな高耶を知ってか知らずか、茶化しながら平然とビデオを見ている。
(うぅ・・・・、早く帰ってきてくれ!直江〜っ!)
高耶は縋る思いで直江の名を呼んだ。
背景(C)Salon de Ruby
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