「た〜かや♪」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ高耶ぁ、お腹すいたんじゃない?お刺身あるわよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「またたびもあるんだけどなぁ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
(うっ・・・・・!)
 話しかけるな、と言わんばかりの目つきでギロッと綾子を見ただけで、高耶はまた窓の外に視線を戻した。
(あっちゃ〜・・・、相当拗ねてるわ・・・・)
 いつもならすぐ飛びついてくるような食べ物を引き合いに出しても変わらない高耶の態度に、綾子は思わず溜息をつき2人のいるカウンターへと戻った。
「どうです?」
「だ〜め!全っ然!完全無視だわ」
「そうですかぁ・・・・・」
「ちょっと、千秋!あんたなら何とか出来るんじゃないの?」
 一人のほほん、としている千秋に綾子が噛み付いてきた。
「けっ!無茶言うんじゃねぇよ。どうにか出来るんならとっくにやってらぁ」
 ムカついたと言わんばかりに、千秋は煙草に火を点けた。
「え・・・・、もしかして。千秋も撃沈・・・・?」
「はぁ・・・・・」
 一蔵が申し訳なさそうに返事をすると、綾子はまた溜息をついてしまった。




(くそっ!直江のヤツ・・・・なんであんなヤツの言う事聞くんだよ)
 窓の外に見える大きな紫陽花の木を眺めながら、高耶は怒りを抑えていた。
思い出すだけでも腸が煮えくり返るような女だ。
(てめぇみたいな尻軽女、直江が相手する訳ねぇだろうが!)
 女への文句は留まる事を知らず、次々と出てくる。
 しかし、今回直江が相手の誘いを承諾したのは全て自分に責任がある。我慢するしかないのだろうが、どうにも腹の虫が収まらない。
(昨日帰るって言ってたから・・・・俺、ずっと大人しくして待ってたのに・・・・)




 そう。



今、こうやって拗ねているのは女にではなく、直江がいなくて寂しかったから・・・・・・。




(ちゃんと3日間、一蔵や千秋の言う事聞いてたんだぞ・・・・・)
 今は傍にいない男の顔を思い浮かべながら悪態をつく。
話によると直江が帰ってくるのは早くて明日の午後になるそうだ。
(・・・・・土産なんていいからさっさと帰って来いよ・・・直江・・・)



 雨に濡れる紫陽花は、高耶の心を表すように青さを増していた。




     つづく







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