あじさいのきもち





 静かに雨が降り続く昼下がり  ────


「・・・・、ねぇ・・・・・」
「はい・・・・・」
「・・・・・もしかして、ず〜っとあんな感じなの?」
「・・・・・・へぇ・・・・・」
 誰かに聞こえてはマズイという様に、カウンターに座っている綾子と一蔵は声を潜めてある方向を盗み見しながら話している。
「もぉっ!なんで直江のヤツ、高耶を置いて行ったのよっ!」
 小声ではあるが今にも掴みかかってきそうな勢いの綾子に、一蔵は思わず仰け反ってしまう。
「そ、そんな・・・儂に言われても・・・・・っ!」
「しゃ〜ねぇだろ?相手が猫アレルギーなんだから連れて行ける訳ねぇじゃん」
 一蔵の横でカウンターに両肘をついて手を組み、顎を乗せて今まで知らん顔だった千秋がぼそっと口走った。
「あら・・・アレルギーなら仕方ないか・・・・」
「・・・・・正確には"高耶"アレルギーじゃけど・・・」
 一蔵が補足するように呟いた。




 高耶と一緒に暮らすようになってからというもの、直江は差し支えがない限り何処へ行くにも高耶を連れて行くようになっていた。
 いつもは出張でも連れて行くのだが今回はそうも行かなかったのだ。
 というのも、前回一緒に出張について行った時、高耶が大暴れしたのが原因だった。
高耶は余程相手が気に入らなかったのか、引っ掻く、噛み付く、顔に飛びつく・・・・などなど普段では考えられないような奇怪な行動をとったのだ。
 高耶が暴れた真の意味を知っているのは直江、唯一人・・・・。 今回の出張先はその相手との会合であった為、直江は仕方なく高耶を置いて行く事にしたのだ。




「なによ、それなら高耶が拗ねる事ないじゃない」
 簡単に経緯を聞いた綾子は不思議そうに高耶の方を見た。
「それが・・・・、出張は昨日までだったんすよ」
 前回のお詫びに・・・と直江が会食を設けたのだが、相手は一日直江に付き合えと言ってきたのだ。
 普段なら丁重に断る直江だが、高耶の行動を引き合いに出されてはどうしようもない。
帰るのが遅くなるという直江の電話を一蔵の横で聞いていた高耶はそれからずっと拗ねた態度を取っているのだった。
「・・・・・ねぇ、それって・・・もしかして女?」
「お察しの通りで・・・・」
「なるほどね・・・・」
 ようやく話が見えた綾子は機嫌を取るべく、出窓にちょこんと座っている高耶に近づいた。








背景(C)Salon de Ruby