キャッシングValue
Masquerade 2
「だぁ〜!全くついてねぇっ!!」
バスからまるで転がるように飛び降りてきた青年は、大きな声で叫びながらそのままの勢いで走り出した。
今日は大事な講義がある日で、いつもより早く家を出た。ところが・・・・・
いつも移動に使っているバイクに乗り、走り出したのはいいものの、少し行った所でクラッチワイヤーが切れてしまったのだ。
自転車で言えばチェーンが切れて修復不可能な状態と同じ。
これでは走る事は出来ない。
その場にバイクを放置する訳にもいかず、一度バイクを置きに帰り、急いでバスを乗り継いだのだが、普段乗らないせいでバスを1台間違ってしまったのだった。
おかげで講義開始時間ギリギリとなってしまっている。
(あのハゲ頭、時間通りに入ってくるからなぁ・・・時間までには席についてないとアウトだ・・・!)
大学までの緩い坂道を駆け上がりながら腕時計を見ると、タイムリミットまで10分を切っていた。
「やっべぇっ!」
青年はまた叫ぶと、息を切らせながら坂を駆け上がり、大学の中へと入っていった。
今日の講義がある館は大学でも一番奥になる。
サークル活動や部活でうろついている学生の間をすり抜けながら青年はひたすら走った。
いつもなら緑鮮やかな校庭をぼんやりと眺めながら歩いているのだがそうはいかない。
やっと目的の館に到着したが、廊下の向こうから教授が歩いてくるのが見えた。
(やべぇっ!)
ここで見つかっては元も子もない。
が、幸い教授は他の教授と話しながら歩いているのでこちらには気づいていないようだ。
疲れはピークに達していたが、青年は大きく深呼吸してから目的の3階まで一気に階段を駆け上り始めた。
「ふぅ〜・・・!なんとか間に合うか・・・・」
階段を上りきった所で青年は膝に手を置き、乱れた息を整えた。
階下からはまだ教授の声は聞こえない。どうやらまだ階段を上っていないようだ。
さて・・・と、顔を上げ、教室へ向かおうと廊下を曲がろうとした・・・・・・
だが、視界に何かが飛び込んできたかと思った途端、その何かに思いっきりぶつかってしまい、青年は後ろへと倒れてしまった。
「っ・・・・・・?!」
「おっと・・・・・!」
ドサドサドサッ・・・・・・!!と大きな音が廊下に響き渡った。
「・・・・いってぇ〜!」
「・・・・あの・・・・・君、大丈夫ですか?」
青年が倒れた際に打った腰を擦っていると、頭上から声が聞こえた。
顔を上げてみると、其処には数冊の本を両手で抱えたまま身を屈め、心配そうに顔を覗き込む男が一人・・・・。
「・・・・見りゃ判るだろ〜が!これが大丈夫に見えんのかよっ!どこ見て歩いてやがんだ!このドジ!!」
あまりにも平然と声をかけられ、思わず青年はムッとした。
「すいません。本が多くて突然飛び出してきた貴方が見えなかったんですよ」
ボサボサの頭を掻きながらその男はしゃがみ込んで散らばった本を集めだした。
「・・・・・ッたく、普段ボケ〜っとしてるくせにこんなに本を抱えてるからだろうが!直江教授」
そのまま立ち上がってすぐに教室に向かおうと思ったのだが、急いでいてぶつかった自分にも責任がある。
青年は一緒に散らばった本を手早く集め始めた。
「・・・・おや、あなたは・・・・確か・・・・」
直江と呼ばれた教授は今時珍しい厚い黒ぶちに牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡を押し上げながらぬおっ、と顔を近付けながら青年を見た。
「・・・・、あんたの講義受けてる仰木高耶だよ」
「あぁ、そうそう。仰木君でしたね」
どうりで見たことがあると思った、と呟く教授を高耶はじろっと睨みつけたが直江は気付いていないようだ。
殆ど本を集めた所でそうだ、と直江は高耶を見た。
「ところで・・・貴方、急いでいたんじゃありませんか?」
「え?ん・・・・あ〜っ!!そうだ!!」
慌てて階下を見下ろすと、教授がすぐそこまで上がってきている。
「やべっ!悪い、後はよろしくな!!」
高耶は落ちていた鞄を拾い上げた。
「あぁ、里見教授の教室なら奥から2つ目ですよ」
「サンキュ!んじゃな!!」
慌てて走り去る高耶の後姿を見て苦笑した直江は新たに積み上げた本を軽々と持って立ち上がった。
「さてと・・・・・」
そう呟くと、直江はさっき来た方向にまた戻ってしまった。
「ぎゃっ!!」
「おっと・・・・!」
ドサドサドサッ・・・・・・!!
先ほどと同じようなやり取りが起こっている事を知っているのは直江教授、ただ一人だった。
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