俺って言え! (後編)






「・・・・さん、・・・・・高耶さん?!」
 昼間の事を思い出していた高耶は、直江の自分を呼ぶ声で我に返った。
「どうしたんですか、高耶さん?」
 難しい顔をした高耶を心配そうに直江が見下ろしている。
【ヤバッ!】
「え?いや・・・・、なんでもない」
 両手をバタバタと振り、何でもないという高耶を見て直江は僅かに眉を寄せた。
「高耶さん、やはり何か変ですよ」
≪絶対、何かあるな≫
 慌てて取り繕う高耶を見て直江は何かあると確信したが、
「そうか?・・・で、どうするんだ?」
「・・・・・・・・・・」
 身体を摺り寄せ、執拗に問い掛けてくる高耶の姿に、直江は右手で顔を覆って呻いた。
≪これは調べてみるしかないか・・・・・。でも、その前に≫
 ぴったりとくっ付いている高耶の両肩に手を乗せ、直江は静かに高耶の身体を引き離し顔を覗き込んだ。
「あのぉ・・・高耶さん。どうでもいいんですが、靴くらい脱いでいいですか?」
「え?!あ、わりぃ」
 玄関先という事をすっかり忘れていたようで、高耶は慌てて一歩下がった。
靴を脱いでようやく部屋へと上がった直江はジャケットを脱ぎ、先程落とした鞄を拾い上げると、
「すいませんがこれを寝室に置いてきてもらえますか?」
 と、高耶の前に差し出した。
「おうっ!」
 高耶は満面の笑みを浮かべて荷物を受け取ると、嬉しそうに寝室へと消えた。
≪最終目的地はここなんだろうが・・・、原因はここじゃないな≫
 鼻歌混じりに荷物を片付けている高耶の後姿をちらりと見た直江は、そのまま寝室の前を通り過ぎようとする。
「あれ?直江、何処行くんだ?」
「・・・あぁ、ビールを取ってきます。あなたは此処にいて下さい」
 何故入ってこないのかと不思議そうな顔の高耶に、直江は苦笑しながら答えるとダイニングへ向かった。
【よっしゃー!作戦成功っ!!】
 ガッツポーズをしながら喜んだ高耶は、綺麗に整えられたベッドにダイブした。 「さぁて・・・っと!これで直江が来たらとりあえずは大人しく横で寝転んで・・・・・。それから少しじゃれ付いて・・・・・・ん?」
 これからの事を想像してニヤけていた高耶だが、リビングにあるビデオがそのままだったのを思い出した。
「げっ!やべぇっ!」
 ダイニングとリビングはカウンターで仕切られているだけなので、大量のビデオがあればすぐ判る。
慌てて飛び起きた高耶は急いでリビングへと向かった。


「高耶さん、ビデオ借りてきていたんですか」
 高耶の足音に気付いた直江の声がダイニングの方から聞こえた。
リビングの入り口で聞いたその台詞に高耶は、
【終わった・・・・・・】
 とがっくりと項垂れドアに凭れた。
≪・・・・・・これの事を気にしていたのか?≫
 ダイニングから出てきて、直江はチラリと高耶を見てふと首を傾げた。
ビデオを大量に借りたからといっても金額的にはそう大きなものではないはずだ。
何を気にしているのだろう?と思い、直江はビール片手に大量のビデオに歩み寄った。
「また随分と大量に借りてきましたねぇ。なんの映画を借りたんです?」
「えっ?!・・・いや、それは・・・・・そのぉ」
【止めろ、直江!】
 慌てている高耶を他所に、金銭的なものとすっかり勘違いしている直江は気にしないでというように微笑したまましゃがみ込んだ。
「そう言えば最近映画も見てなかったですしね。これは何の・・・・・・・・・はぁっ?!」
 テープを手に取り、題名を見た直江は衝撃のあまり、持っていたビールを床に落とし、そのまま固まっている。
【あっちゃー!・・・・・・】
 予想通りのリアクションに、今度は高耶が顔を抑えて呻いた。
「た、高・・・高っ・・・・・・」
 高耶を振り返った直江は、金魚の如く口をパクパクさせている。
≪ど、どうして高耶さんがこんな物を・・・っ!俺だけでは不満なのかッ?!≫
 どうしてそうなるのか、とも思う所だが、直江の頭は完全にマワッてしまっているようだ。
「た・・・・・高耶・・・さん。ど、どど、どうしてこ・・・んな・・・・・・」
「あ゛―っ、もうっ!俺じゃねーよっ!」
 飼い主に捨てられた犬のような顔をして動揺する直江を見かねた高耶は思わず叫んだ。
「・・・・・は?」
≪・・・・今、なんて・・・?≫
 虚ろだった直江の目の焦点が合ったのを見て、高耶は説明を始めた。
「千秋だよ、千秋っ!アイツが来て置いていったんだよっ!」
「・・・・・・・長・・秀が?」
「そーだよ!だから俺じゃねーって!」
 真っ赤になりながら叫ぶ高耶の言葉を直江は頭の中で反芻させる。
≪長秀が?長秀・・・・・・・と言う事は・・・。なるほど、そう言う事か≫
 暫く考えた直江の頭脳が、一つの答えを導き出した。
「そうだったんですか・・・・・・長秀が・・・」
 大きく息をついた直江はいつもの冷静さを取り戻したようだ。
【はぁ、善かったぁ・・・・・ 】
 ホッとした高耶は眼を閉じ、胸を撫で下ろした。
しかし、直江の眼がキラリと光った事にはまだ気付いていなかった。
「・・・で、高耶さんは長秀とこれを全部見たの?」
 高耶の方を振り返り、直江は静かに問うた。
【い゛い゛っ?!】
 そう来るとは思わなかった高耶は飛び上がるようにして驚いた。
「お、俺は寝てたから知らねーよっ!」
【少しだけど、見てたなんて言えるかよっ!】
 切り返されて慌てた高耶は顔を逸らしてなんとか取り繕う。
しかし、直江には全てお見通しのようだ。
「そうですか・・・・・。じゃあ折角ですし2人で見ましょうか」
 と直江は微笑したまま平然と言った。
「はぁっ?!」
【コイツ〜〜〜ッ!】
 ふるふると小刻みに震えながら怒鳴りたい衝動を押させている高耶を見て、直江はふと考えた 。
≪・・・・・少しからかってみるか≫
「でも、その前に・・・・・」
 直江は立ち上がると高耶の所に歩み寄った。
【きたぁっ!】
「高耶さん、さっきの答えですが・・・」
【よし!いいぞ!】
 やっと本題に入ったと思った高耶は甘えるような顔で直江を見上げた。
「どーすんだ?」
【俺だろ?】
 いつもの直江ならすぐにでも頂いてしまうのだが、ここはぐっと我慢する。
 直江は拳を顎の下にあて、考えるような表情をした。
「そうですねぇ、食事・・・」
「っ!」
「・・・・は落ち着いて取りたいですし・・・」
【俺だろーが!】
≪かかった≫
 予想通り僅かだが顔を強張らせた高耶を見て、直江は今にも噴き出しそうになる。
「風呂・・・・・」
「なっ・・・!!」
「・・・はゆっくり入りたいですし・・・・・」
【こ、このヤロ〜〜〜ッ!】
≪か、カワイイッ!≫
 直江の策にハマッた高耶はフルフルと肩を震わせている。
「どれが先がいいんでしょうねぇ?」
 シレッとした顔で直江は答えを求めるように高耶を見つめた。
≪解りやすい人だ。けど・・・≫
 これ以上続けると、反対にお預けを食らう破目になる可能性がある。
ずっとご無沙汰だったのは高耶一人ではないのだから、それだけは避けたい。
からかうのはそろそろ限界だろう、と直江は思った。
「・・・・・お前、解ってて言ってるだろ?」
【言わなきゃダメってか?】
 高耶はむっとしながら直江を見上げた。
「いいえ。そんな事ありませんよ」
 直江は微笑しながら答えた。
「あ゛〜っ、もうっ!」
≪来るな・・・・・≫
 自分の行動パターンを見透かされているのが悔しくて、高耶は怒鳴った。
「さっさと俺って言えっ!!」
 真っ赤になりながら睨みつけてくる高耶に直江は思わず眩暈がした。
≪言った!可愛い高耶さん・・・・
【言わされた・・・・・】
 直江に嵌められた悔しさに高耶は俯いてしまう。
【えっ・・・?!】
 俯いた視界の中の直江が不意に動いたので何かと思った瞬間、高耶は直江に軽々と抱き上げられた。
「そうですね、最初はあなたにします」
 微笑する直江の顔を驚いた表情のまま見上げる。
「でも、寝ないでくださいね、高耶さん。夕飯、まだなんですから」
【あ、そうだった・・・・・】
 帰ってきてからずっとこの事に拘ってきていたからか、高耶は食事の事をすっかり忘れてしまっていた。
う〜ん・・・と唸りながら考え込んでいた高耶は、悪戯っ子のような顔をして直江を見上げた。
「一回だけなら大丈夫だろ?」
 そういいながら、甘えるように直江の首に腕を回した。
≪準備運動程度って事か・・・・。仕方ないな≫
 自分で言い出した事だが時間はたっぷりあるのだから、と、気持ちを切り替えた。
「そうですね、続きは食事と風呂の後で。そうだ、ビデオ見ながらでもしましょうか?」
【嘘だろっ?!】
 涼しい顔でとんでもない事を言い出す男である。
「お前、本当〜に見るのか?」
 高耶は少し退いた眼をして直江を見た。
「えぇ、何か問題でもありますか?」
 何の抵抗もなく直江はスマイル全開で答える。この男、やはり狂犬である。
「結構スゲェのもあるぞ」
≪?・・・・・と言う事は≫
 ポロリと出た言葉を直江は聞き逃さなかった。
「高耶さん、やはり見たんですね?」
【ゲッ!】
 言い訳を考えようと高耶は明後日の方向を見た。
「ん〜、千秋・・・がそう言ってた」
≪あなたという人は・・・・≫
 なんとか取り繕おうとする高耶に微笑し、
「普段、俺達がシテる事に比べれば可愛いものでしょう?」
 と高耶の耳元で囁きながら寝室へと向かう。
【・・・そう言われてみれば・・・・・・】
「・・・・・・確かに」
 直江の言葉に、妙に納得した高耶であった。
「で、見た中でイイのありましたか?」
 高耶の耳に口付けながら直江は問い掛けた。
「え〜っと・・・・・」
【どれだっけ・・・、ってオイッ!】
「俺は見てねーって!」
 見事に直江の誘導尋問に引っ掛かった高耶であった。
「はいはい、解りましたよ。後で二人でゆっくり見ましょうね?」
「・・・・・解ったよ」
 満足そうに微笑する直江に、観念したように高耶は答えた。
「でもさ、アレ、どーやって返すんだ?」
 見るのは許せても、さすがにあのアダルトビデオの山を返しに行くのは気が退ける。
最大の難関をどう乗り越えるのだろうと高耶は思った。
「そうですね・・・・・。あぁ、丁度こちらに来ているようですし、明日晴家にでも渡しましょう」
 少し考えたかと思うとまたまたとんでもない事を直江は言った。
「・・・・・バレたら殺されっぞ」
 綾子の暴れる姿を想像し、高耶は不安そうに直江を見た。
すると直江は不敵な笑みを浮かべた。
「そうですか・・・・。じゃあ、貴方が行きますか?」
「絶対にヤダッ!」
 嫌だからこそ聞いているのに!と思い、高耶は必死の形相で叫んだ。
「では私が・・・・」
 と直江はしれっとした顔で嘯いた。
「・・・・・・・頼むから止めてくれ」
 想像しただけで恐ろしくなった高耶はげんなりとした表情で頭を抱えた。
「じゃ、決まりですね」
 極上のスマイルを作った直江はそのまま寝室へと入っていく。
【ねーさん、ゴメンっ!!】
 高耶は心の中で綾子に対し、必死に手を合わせた。


 翌日の晩、直江と高耶の部屋からは、綾子の怒声が延々と響き渡り、その声は外まで聞こえたそうな・・・・。



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