LA DOLCE VITA








 雨が音もなく降り続く午後




 室内に聞こえるのは時計が時を刻む音と、規則正しい寝息、そして時折ページを捲る音だけ




 真夏のような暑さが続いている今日この頃だが、今日は雨のせいか、少し肌寒い。
「せっかくの休日だってのに・・・」とむくれていた愛しい人は今、静かに眠っている。




 別に何かをした訳ではない。




 ただ、のんびりとリビングでテレビを見ていただけだったのだが、退屈を通り越して眠くなったらしい。
床に転がっていた彼はのそのそと這い出しかと思うと、ソファで本を読んでいた私の膝に頭を乗せてそのまま寝入ってしまったのだ。
「高耶さん。こんな所で寝ていたら風邪をひきますよ・・・・・。高耶さん?」
 声をかけても起きる気配がないので、静かに彼を抱き上げると寝室へと向かう。


ベッドへと寝かせ、いざ身体を離そうとしたが、引き戻されるような感覚に思わず振り返った。
「・・・・・・。まったく、貴方という人は・・・・」
 苦笑しながら呟いた声にも反応しない所を見ると、きっと無意識なのだろう。




 私を引き戻したのは、いつの間にか私のシャツを掴んでいた彼の手───




 無理矢理引き剥がすのも忍びないので、私は仕方なく彼の枕元に腰を下ろす。
すると、それを待っていたかのように彼は擦り寄ってきて、また私の足を枕にしてしまった。
 まるで猫のようなその様子に、表情が緩む。
 ベッドに腰掛けたままというのも何なので、私は彼を起こさないように気をつけながら両足を彼の上に掛けたブランケットの中に入れる。


 動いたせいで少し居心地が悪くなったのだろうか。
彼は小さく唸るとむくっと起き上がり、少し目を開けたかと思うと今度は私の足の間に割り込んできて、片足を抱き枕のようにしながら眠ってしまった。
 苦笑しながら、乱れたブランケットを直してやる。




 判っていてやっているのなら、これほど性質の悪いものはない。

 何せ彼が頭を置いているのは、私の足の付け根なのだから ───




 しかし、ここで襲い掛かると後で機嫌を損ねるのは日を見るより明らかなので、ここは大人の余裕で我慢する。
「人の気も知らないで・・・・・」
 少し愚痴りながらも、そっと癖のない黒髪を撫でてやると、それまでしっかりと足を掴んでいた腕の力が抜けていく。


髪の間をすり抜ける感触が心地良くて、何度も指を絡ませる。


 雨音が都会の喧騒を消し、鉛色の厚い雲が澱んだ空を覆い隠すせいか、マンションの最上階にいると、まるでこの世に二人だけしかいないような錯覚に陥る。
 日常の慌しさから離れて、誰にも邪魔されずに二人きりで過ごす。




 何処かに出かけなくても


 会話がなくても


 お互いの存在だけで満たされる時間。




 たまにはこういう日があってもいいだろう。




 このまま、当分起きそうにない彼をずっと眺めているのも悪くない。
私はベッドヘッドに身を預けて彼の髪を撫で続けた。


 部屋には昨晩買ってきた薔薇が、たった一輪だけなのに甘く、濃厚な香りを放っている。


 いつもとは違う品種
買う気はなかったのだが、名前を見た途端に、つい手が伸びた。


 まるで、今の二人の生活のようで


 花束を見た彼はいつもとは違う色に驚いていたが、花の名前を耳元で囁くと、耳まで真っ赤になりながら「勝手に言ってろっ!」とそっぽを向いてしまった。


 それは、彼も私と同じ気持ちであるという証。
大きな花束になったその薔薇は今、家中に分けて飾られている。




 いつまでもこの幸せが続くように


 二人の甘い生活が続くように


 そう思いながら、彼の頬に手を這わす。




 外は雨




 ピンクに縁取られた愛らしい薔薇の


 その名の通り、甘い香りに包まれながら


 時はゆっくりと過ぎていく ────






 この薔薇の名前は"DOLCE VITA"。
イタリア語なんですが、訳せば"甘い生活"・・・
まるで私たちのようでしょ?



Fin.


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