いたずらしちゃうよ? |
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ピンポーン ───
「はいは〜い!ちと待っとおせ〜」
軽快に返事をしながら、一蔵は壁にあるインターホンへと向かう。
(・・・・・・・・ここで返事したって聞こえねぇだろうが)
リビングで遊んでもらっていた高耶は猫じゃらしを銜えたまま思わず冷ややかな視線を一蔵の背中に送ったが、放っておこうと猫じゃらしを床に置くと、大きく伸びをして毛づくろいを始めた。
インターホンは玄関ではなく下のエントランスからのもので、確かに高耶の思っている通りなのだが人間とは得てしてそういう行動をするものだ。
「はい、どちらさまですか?」
『シロネコトマトの宅配便です。千秋修平様よりお届け物ですが〜』
「フミュッ?!(千秋だあっ?!)」
一蔵が会話のボタンを押すと元気のいい相手の声が部屋に響いた。
送り主の名前を聞いて高耶は思わず大きく目を見開き、耳をピンッと立て、毛づくろいをしている体勢のまま固まってしまう。
「千秋?なんでこっちに荷物なんか送ってきたんじゃろう・・・?まぁ、いいや。すぐ開けますね〜」
そんな高耶に見向きもしないで、会話を終わらせた一蔵は「印鑑、印鑑〜!」と言いながら書斎へと消えた。
千秋は今、直江と一緒にアメリカ出張中で、普段からそうではあるが出張中に荷物など送ってくるはずがない。
(直江の代わりに荷物を出したのか?いや・・・・・・・・ぜってぇ何かある・・・・・っ!!)
戦々恐々とした表情になった高耶は険しい目つきのまま玄関を睨みつけた。
2分ほどして玄関のチャイムが鳴ったので一蔵はドアへと駆け寄る。
高耶はリビングの入り口辺りから様子を伺うようにひょこっと顔を出していた。
「は〜い!・・・・・って、なんじゃこりゃ?!」
「千秋様からのお荷物ですが・・・・・」
玄関先には配達員が二人。
それ自体は別におかしい事ではない。
しかし、配達員が運んできた荷物は大きな段ボール箱が2つ、余程重さがあるのか台車に乗せてあったのだ。
「あの・・・、ちょっと重いので中まで運びますが。どこに置きましょうか?」
荷物を見て固まったままの一蔵に配達員が恐る恐る問いかける。
「え、あ・・・・っと、じゃリビングまでいいっすか?」
「はい、判りました」
失礼します、と一声かけてから、配達員達はダンボールをリビングへと運び出したので、高耶は邪魔にならないようにと、カウンターチェアの上によじ登る。
「どうもありがとうございました〜」
運び終えた配達員が差し出した伝票に一蔵が印鑑を押すと、2人は来た時と同じように元気に挨拶をして去っていった。
「はぁ〜・・・・、千秋が荷物なんて・・・・・。どうせロクでもないもんが入っちゅうがよぉ」
施錠を済ませた一蔵はまた大きく溜息をつくと、仕方なくリビングへと向かった。
今まで遊んでいたのが嘘のような緊迫した空気が流れる部屋。
(なんかイヤ〜な予感がするんだよなぁ・・・・)
高耶はカウンターチェアの上から。
(おぞましいもんじゃったらどぎゃんしよう・・・・)
一蔵はリビングの入り口から。
高耶と一蔵の視線の先には先ほどの大きなダンボールが2つ。
どちらも考えている事は同じようで、千秋からの荷物を遠巻きに見ているだけで一歩も近づかない。
「なぁ・・・・・」
「フミュ?(なんだよ)」
ドアを盾のようにしながら一蔵が話しかけてきたので、高耶は顔を動かさずに鋭い目つきのまま一蔵を見た。
「何が入っちゅうやろうか?」
「・・・・・・・・(俺が知ってる訳ねぇだろうが!)」
人間なら思わず突っ込みを入れる所であるが、猫の姿ではどうしようもない。
じとっと睨みつけると、高耶は視線をまたダンボールへと移す。
(ったく、アイツが変わった事する時って必ず何かあるもんなぁ・・・・・)
千秋が聞いたら怒りそうな言い草だが、実際、今までがそうだったのでこればっかりはどうしようもない。
「なぁ・・・・・・」
「ミュッ!(何なんだよっ!)」
ずっと弱気な一蔵にキレかけ5秒前の高耶はぶんっ!と顔を一蔵に向ける。
「何かさぁ、こう・・・・・箱開けるとさ・・・・・」
(開けると・・・・どうな・・・)
「ドカーーーーンッ!!」
「フギャッ!(わぁっ!!)」(ぼてっ)
いきなり一蔵が大声を上げたので文字通り飛び上がって驚いた高耶はカウンターチェアの上から転げ落ちてしまった。
「・・・・・ってなりそうじゃから・・・・、大丈夫か?」
話の途中で椅子から転げ落ちた高耶を見て、一蔵はどうしたんだ?と言うように怪訝な顔で見ている。
自分のした事に気付いていない一蔵にキレた高耶は全身の毛を逆立てて一蔵の方へとゆっくり歩き出す。
「フゥーッ!!(一蔵、てっめぇ〜!!)」
「わ、わ!わっ!悪かったって!!」
理由が判った一蔵は引っ掻かれてはたまらん!と言うように顔の前で両手を合わせ、必死に謝った。
(ったく・・・・・。で、中身は何なんだ?)
高耶は箱を見ると、片耳をぴるぴるっ、と振って中の音を探った。
こういう時は人間より五感の優れたこの姿が役に立つ。
どうやら一蔵が危惧するような爆発物らしい音も匂いもない。
(・・・・・・・でも、この匂い、どっかで・・・・・)
箱に近付き、くんくんと匂いを確かめる。
その様子を見て引け腰になりながらも一蔵が近付いてきた。
「どうじゃ?何か判るか?」
「・・・・・・・・・・・ミュッ(開けろ)」
箱を開けるように鳴くと、一蔵は顔を引き攣らせた。
「わ、儂に開けろっちゅうがか?!」
「ミャ〜!(お前以外に誰が開けるんだよ!)」
「おまんの爪でこう・・・開けれんかのう・・・・」
「フゥーッ!(何で猫の俺が開けなきゃなんねぇんだよっ!)」
いい加減にしろ!と言うように毛を逆立てて高耶が怒ると、一蔵は渋々ながらも近づいてきて箱に手をかけた。
「あぁ・・・、神様、仏様、直江の旦那!どうか変なもんではありませんように・・・・!!」
(なんでそこで直江なんだよ・・・・)
なんだか漫才をやってるような気分になってしまい、高耶は思わず溜息をついた。
「いくぞ・・・・。いち、にぃの・・・・さんっ!!!」
一蔵はしっかと目を瞑り、掛け声をかけて段ボール箱を一気に開いた。
「・・・・・・・・ミュ?(一蔵?)」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
段ボール箱が大き過ぎて、箱の横にいる高耶には中身が見えない。
一蔵に声をかけてみたが、一蔵はまだ目を開かないままだ。
(ったく、世話の焼けるヤツだなぁ・・・)
「ミィーッ!(こらっ!一蔵!!)」
高耶が声を張り上げて鳴くと、一蔵はビクッ!と体を揺らし、恐る恐る背けていた顔を箱へと戻しながらうっすらと片目を開ける。
「・・・・・・・・・・・なんじゃ?」
中身を見て唖然とした顔をした一蔵は素っ頓狂な声を上げる。
暫く固まっていた一蔵はもしかして?と言うようにもう1個のダンボールもすぐさま開封し、中身を見てまた固まってしまった。
「ミィ〜(何なんだよ、見せろ!)」
足によじ登ろうとしていた高耶に気付いた一蔵はそっと抱き上げ、箱の中を見せてやった。
「・・・・・・・・・・(なんなんだ?こりゃ・・・・)」
箱の中には1通の手紙が一番上にある。
その下には見ただけで高級だと判るような厚さが10cmほどの平たい大きな黒い箱。
そして、その下ともう1個の箱の中には・・・・・
「なぁ。これ・・・・・儂らにどぎゃんせぇっちゅうんじゃろうか?」
「・・・・・・・ミュ〜(俺にもわかんねぇ)」
2人で呆然と中身を見つめていたが、それではいつまで経っても埒が明かない。
高耶は箱の中に飛び込むと手紙を咥えて一蔵に向き直った。
「ミィ〜(とりあえずこれ開けろ)」
「あ、そっか。手紙に何か書いてるかも知れんな」
一蔵は手紙を受け取ると封を切り、中身を取り出す。
手紙の差出人は千秋本人のようだ。
見慣れた文字を追っていくと・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・(千秋・・・・・おもしれぇじゃねぇか)」
「千秋らしいのぅ。とりあえずやってみっか?」
中身を見た2人は思わずニヤッと笑い、さっそく行動に出た。
(疲れたな・・・・・・)
空港からのタクシーの中で直江は思わず溜息をついた。
今回の出張はいろいろと気を使う面が多く、思った以上に精神的で疲れていたようだ。
もうすぐ家に着くのか、見慣れた風景が窓の外に流れている。
(高耶さんは・・・・ちゃんと一蔵と留守番しているんだろうか)
出来る限り一緒にいるようにはしているが、飛行機に乗せて海外に出るというのはそう簡単にはいかない。
出かける前は何でもないような顔をしていたが、本当は寂しいに違いないのが判るだけに、今回置いて行くのは直江自身も辛かったのだ。
(早く帰って甘える顔が見たい・・・・)
直江は流れる景色の中に高耶の甘える顔を思い描いた。
程なくして自宅に着いた直江は急いでエレベーターに乗り込む。
マンションの下から見上げた時、部屋の電気は全て消えていたので、一蔵が帰った後だという事は判る。
(1人でいるならきっと玄関で待っているんだろうな)
ドアを開けると、いつもそこで待っている高耶を思い出す。
嬉しそうに鳴く、その姿が見たくて直江は急いでドアを開けた。
「只今帰りまし・・・・・?」
いつもなら高耶が待っている小さなムートンの敷物の上に高耶の姿がない。
その代わりにあるのは───
「・・・・・・・・かぼちゃ?」
敷物の上に鎮座するのは小さなハロウィンのかぼちゃ灯篭。
「何でこんな物があるんだ?」
一蔵の悪戯かと思い、それを拾い上げると中から手紙が出てきた。
『今日はハロウィン
俺はこの家の中にあるかぼちゃの中のどこかにいるから探し出してみろ
高耶 』
「・・・・・・・・・・・・・」
直江は手紙を読み終えると、思わず額に手をやり苦笑した。
照明の消えた室内をよく見ると、玄関先のかぼちゃを筆頭に廊下には等間隔でかぼちゃが並んでいる。
(探さない訳にはいかないな・・・・)
荷物を玄関先に下ろすと、直江はかぼちゃを1個ずつ拾い集めながら高耶を探し始めたのだった。
(どれくらいで直江は俺を見つけるだろう・・・・)
直江が帰宅した音が聞こえた高耶はウキウキしながらかくれんぼを楽しんでいる。
こんな気分は久しぶりだ。
一蔵と手紙を読んだ時の事を思い出し、高耶は思わずニヤリと笑う。
千秋からの手紙にはこう記してあった。
『よぉ!留守番組!ちゃんといい子にしてっか?
俺様からの土産だ。ありがた〜く受け取れ。
こっちで見つけた本場のかぼちゃだ。
これを部屋中に置いてハロウィンを楽しみな!
同封してある手紙は玄関先に置いたかぼちゃに入れとけ。
それから ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後の指示が記された後にはこう書かれていた。
直江が高耶を見つけた後は任せたからな。
一蔵もしっかり働けよ!
じゃぁな!
千秋 』
(ったく、気を使いやがって・・・)
高耶は飄々とした千秋の顔を思い浮かべて、機嫌よく尻尾をパタパタと振った。
(早く見つけてくれよ、直江)
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、高耶は直江の足音が近付くのを待った。
「全く・・・・イースターエッグじゃあるまいし」
あちこちに点在するかぼちゃを確認しながら直江は玄関から順番に奥へと進んだ。
とにかく部屋が広いので、1つの部屋にかぼちゃが大小入り混じって3つか4つは置いてあるし、部屋数も7つはある。
おまけにトイレや風呂場にまでかぼちゃが置いてあるので、直江は思わず溜息をついた。
「さてと・・・・次は寝室だな」
ゆっくりとドアを開けると、ベッドの上を占領する大きなかぼちゃが目に入った。
まっすぐベッドに向かい、どけてみるが高耶の姿はない。
ここにいるだろうと思った直江は部屋中のかぼちゃを調べたが高耶の姿はどこにもなかった。
(そんな簡単に見つかる場所にはいないという事か・・・)
「やれやれ・・・・」
直江は気を取り直すと、次の部屋に向かった。
1室ずつ調べていき、残ったのはダイニングとリビング、そして直江の書斎だけとなった。
「・・・・・・・・・一体、何個あるんだ?」
かぼちゃの多さに、さすがの直江も参ってしまう。
こうなったら残り3部屋のどこかに中りを付けようと考えた。
(このどこかに高耶さんが・・・・と言う事は、真っ先に見つかりそうなリビングではないな)
足音を立てないようにしながら、直江は慎重に部屋の中を移動する。
人気のないダイニングは冷えるので、いくらなんでもいるはずがないだろう。
(そうか・・・・・)
直江は微笑すると、そっと書斎の入り口に近付いていった。
開け放たれたドア越しに中を覗くと、あちこちにかぼちゃが置いてあるのが見える。
(あれは・・・・・?)
一つのかぼちゃに目が留まり、直江は必死に笑いを堪えた。
書斎の椅子の上に置かれたかぼちゃの上には大リーグチームの帽子。
それに、かぼちゃの口からは高耶のしっぽがまるで舌のように出ているのだ。
「やっと見つけましたよ・・・・・、高耶さん」
「ミャァ〜ォ(おかえり、直江)」
そっと近付いてかぼちゃを持ち上げると、こちらに背を向けて丸まっている高耶が振り向き、直江に答えると大きく伸びをした。
「千秋の悪巧みに乗ったんですね?」
こんな事を考え付くのは千秋ぐらいだと直江は途中から気付いていたのだが、野球帽を見てそれが核心へと変わった。
丁度ワールドシリーズが開催されていたのもあって、出張2日目に千秋は球場へと観戦に行っていたからだ。
(やっぱバレたか・・・)
高耶は誤魔化すように、後ろ足で耳をたぱたぱと掻いた。
「玄関で待っててくれていると思ったのに・・・・」
「ミィ〜(こっち来いよ、直江)」
「高耶さん・・・?」
直江が高耶を抱き上げようと手を伸ばしたのだが、高耶は直江の腕をすり抜けて椅子から飛び降り、リビングへと誘うように歩き出した。
驚いた直江が後を追うと、高耶は昼間に届いたダンボール箱の上にソファを利用して飛び乗った。
「どうしました?」
「ミャ〜オ、ナ〜ゴ( Trick or Treat!)」
高耶がようやくこちらに向き直り、目を細めて鳴く。
その首には『Trick or Treat!』と書かれた小さなプレートがぶら下がっていた。
これも恐らく千秋が用意した物だろう。
あまりの可愛さに直江はすぐに高耶を抱き上げる。
「えぇ。留守番していた間の分も含めて思いっきり構ってあげますよ」
優しく撫でると、高耶は満足そうに喉を鳴らした。
「ミュ!ミュ!(直江、これ開けてみろ)」
箱を見る高耶に釣られて直江がダンボールを開ける。
そこには小さいメモと黒い箱。
それに黒い布とシルクハットが入っていた。
「・・・・・・・・・私にこれを着ろ、と?」
「ミャ〜!(そう!)」
嬉しそうに鳴く高耶。
「・・・・・・・・本気ですか?」
直江は黒い箱の中身を知っている。
そう。
これは向こうで着たタキシード。
こちらから持っていった物なのだが、まさか千秋がこんな風に利用するとは思っていなかったので、直江は思わず額を押さえて呻いた。
「ナ〜ゴ ナ〜ゴ(ハロウィンだしいいじゃんか〜)」
頭を摺り寄せて甘えてくる高耶を抱いたまま、メモを取り出す。
『これ着て綾子の店に来な
ハロウィンパーティーするぞ!』
「千秋め・・・・・」
高耶は久々に直江と外出できるのが嬉しいようだ。
行こうよ・・・・と見つめる高耶を見るとダメとはさすがに言えない。
「こうなったら仕方ない。行きますか」
「ミュ〜!(うん!)」
直江はタキシードに着替えると、タクシーで高耶と共に綾子の店に向かった。
しかし、さすがに恥ずかしいので、シルクハットとマントはバッグに詰めて行く事する。
店に着くと、すでに出来上がった状態の3人が出迎えた。
「遅かったじゃないの、直江!」
「お!似合うじゃねぇか、直江〜」
「お帰りなさい!旦那」
店内には様々な格好に仮装した千秋に綾子、一蔵がいる。
「俺にこんな格好をさせて・・・・後で覚えてろよ」
直江が千秋を睨むと、そんな事気にしない、と言うように千秋が笑った。
「そんな顔しないで。せっかくなんだから楽しもうぜ!」
「そーよ!そんなしかめっ面しないの!」
「旦那ぁ・・・・」
「ミィ〜!(ハロウィンなんだから、な?)」
「・・・・・・・・・・・・そうだな」
直江も皆に釣られて微笑する。
そうして終わりの見えないハロウィンパーティーが始まった。
Fin.
背景・イラスト by みけ
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