甘える法則 1 |
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うちには可愛い『猫』がいる。
いつも素っ気なくて我侭で
でも
甘えるのが下手で本当はすごく寂しがり屋な
俺だけの『猫』
直江はベッドの中で室内に誰かが入ってくる物音で目を覚ました。
寝るつもりはなかったのだがここの所仕事が忙しく、3日間徹夜が続いたせいか、いつの間にか眠っていたようだ。
高耶と会話していた時から何時間過ぎたのかも判らない。
サイドテーブルには時計があるのだが、今は見る訳にはいかない。
様子を伺うようにゆっくりと近づいてくる気配に直江は内心苦笑していたが、ここはそのまま寝たフリを決め込むことにする。
ベッドサイドまで近寄ってきた気配がそこで止まる。
どうやら直江が寝ているのを確かめているようだ。
「直江・・・・・もう寝たのか?」
小声で問いかけてくるが、ここで起きれば素直な高耶が見られない。
滅多に見れるものではないので、そのまま寝たフリをする。
「やっぱ疲れてんじゃねぇか。無理すんなっていつも言ってんのに・・・・・」
高耶はベッドに腰掛けると、いつも自分がしてもらうように直江の柔らかい髪を梳いた。
「高耶さん、まだ終わりそうにないんですか?」
「・・・・・・・ん、後ちょっとだから」
風呂から上がってきた直江がリビングに戻ると、先程と同じ体勢で机のレポートに向かっている高耶がいた。
直江は邪魔しないようにと高耶の後に回りソファに腰を下ろす。
明日が期限のレポートがあるらしく、高耶は家事をさっさとこなすとずっとレポートに向かっていたのだった。
必死になっている高耶を後から静かに眺めていると、ふいに高耶がこちらを振り返ったので直江は少し驚いた。
「どうしました?」
「直江・・・・」
「はい」
何か判らない所でもあるのだろうかと思い、身を乗り出すと高耶がじと〜っと睨みつけてきた。
「お前、ここん所忙しくてずっと寝てなかったろ。俺の事はいいから先に寝ろ」
「・・・・はい?」
そうくるとは思わなかった直江は思わず呆然とする。
「はい・・・?じゃなくて!俺はいいからさっさと寝ろって言ってんだよ!」
「しかし・・・・」
照れ隠しなのか怒った口調の高耶はなかなか動かない直江の手を掴むとおもむろに立ち上がった。
「た、高耶さんっ?!」
高耶は踵を返すと直江の手を引いてズンズンと歩き出したので、直江はつんのめったようになりながらついていくような格好となっている。
「ちょっ・・・高耶さん?!」
一言も口を聞かない高耶に声をかけるが高耶はそれを無視してどんどん歩いていく。
向かった先は2人の寝室。
ベッドまで辿り着くと高耶は直江の手を離し振り返った。
何か言うのかと直江は高耶の顔を見つめたが、高耶は隙在り!といったように直江をベッドへと突き飛ばした。
「なっ・・・何するんですか、高・・ぶふっ!」
直江に何も喋らせないように高耶は一気に布団をかけ、起きないように布団の上から直江を押さえ込んだ。
「いいな、直江。俺はレポートを仕上げる。お前は先に寝てるんだ。俺が寝る時に起きてたら承知しねぇからな!」
「・・・・・・・・・はい、判りました」
直江が素直に答えると、高耶は満足したのか少し表情を崩した。
「早めに終わらせるから・・・。じゃぁな」
鼻まで布団に埋もれている直江の額に軽く口接けると、高耶はそのまま部屋を後にした。
「貴方という人は・・・・・・」
直江は静まり返った寝室で思わず苦笑した。
明日はようやくもぎ取ったオフだ。高耶がレポートを終わらせるまで起きていても問題はない。
それでも先に寝ろ、と高耶が言ったのは自分を心配しての事だと判るので何も言えなくなってしまう。
普段から素直でない高耶にはこうやってしか直江に「心配してるんだぞ」と伝えられないのだろう。
そう思うと、自分がどれだけ高耶に想われているかが判り、直江は思わず嬉しくて破顔する。
「さて、どうしたものか・・・・」
これから高耶が眠りにくるまでどれくらい時間が掛かるか判らないので何かする事はないかと思ったが生憎、辺りにはこれといった物がない。
それに自覚している以上に身体が疲れていたのか、横になった途端身体が沈んでいくような錯覚に陥る。
直江は知らない間に眠りの世界に落ちて行った。
いつもなら自分の気配を感じた途端に起きてくる直江が、今は目の前で静かな寝息を立てている。
高耶はその端正な顔を見つめながら目を細めた。
「ったく、無茶しやがって・・・・・。もうそんなに若くねぇんだぞ」
ちょっとグサッとくるような事を言い出した高耶ではあるが、直江を心配しての事だ。
滅多に見られない直江の寝顔をずっと見ていたいと思いながら高耶は髪を梳く手を止めない。
「・・・・・・・・・・・・・さぶっ!」
最近朝晩は冷え込むようになったせいか、高耶は寒さで身体を震わせた。
「さて、俺も寝るか」
高耶は布団に入ろうとしたが、そこで動きが止まってしまう。
いつもなら直江に抱きつくようにして眠っているのだが、熟睡している直江を起こすような行動はしたくない。
だからといって直江に背を向けて寝るにはちょっと寒すぎる。
(う〜ん・・・・どうしたもんかなぁ)
考えてはみたものの、やっぱり寒さには敵わない。
高耶はそろ〜っと布団に入り込んだ。
広いベッドの端に入り込んだ高耶は直江が起きないか気にしながら慎重に身体を動かし、近づいていく。
起きる気配がないので、高耶はそのまま直江に寄り添ってみた。
すると、仰向けになって寝ていた直江がこちらに寝返りをうったので高耶はここぞとばかりに懐に飛び込んだ。
いつもの癖なのか、直江は高耶の身体を感じると下になっている腕を伸ばして高耶に腕枕をし、もう片方の手で抱き寄せた。
直江の腕の中で高耶は居心地のよいポジションを見つけると、直江に抱きつくように片手を背に回した。
(ん〜、暖かい・・・・)
気持ちよさに目を閉じかけたが、パジャマ姿でずっと座っていたせいか、足が冷えている事に気付いた。
このままくっ付いていればそのうち暖かくなるのだろうが、足が冷えているとなかなか寝付けないものである。
高耶は直江の膝を自分の膝でコンコンと突っついてみる。
すると直江は足を上げたので、高耶はそこに片足を突っ込み、直江の足を下ろすようにもう片方の足を上から絡めた。
ようやくいつもの寝る体勢に落ち着いた高耶は疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
「まるで猫ですね・・・・」
寝たのを確認した直江はそこでようやく目を開けた。
腕の中で眠る高耶は幸せそうな顔をしている。
「こっちまで幸せになるような寝顔だな」
高耶の背に回していた手で頭を抱き寄せると、頭を摺り寄せるようにしてくるので、直江は思わず苦笑した。
「おやすみなさい、高耶さん」
さっき高耶がしたように直江は高耶の額に口接けると、離さないというようにしっかりと高耶を抱き締め眠りについた。
寒さが苦手な我が家の大きな『猫』
俺がそっぽを向いている時だけ素直になる
でも、それは誰も見たことがない『猫』の本当の姿
だから俺は『猫』をどんどん甘やかせてしまう
明日は大学も早く終わるらしい
『猫』の好きな場所に連れて行ってやるか・・・・・
Fin.
Illustration by みけ
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