秋恋し




 3連休2日目の昼下がり。


 穏やかな日差しが差し込むリビングのソファで直江は本を読んでいる。
高耶はその傍らで寝転がりながらぼんやりとテレビを見ていた。
 2人の間には会話らしい会話はないが、同じ時間を共有しているというのが心地よいと言うように無理に言葉を持ち込まない。
 静かな室内にはTVの音だけが響いている。
TVでは紅葉シーズン到来とあって、各地の紅葉スポットを紹介している。
『・・・・という事で、ぜひご賞味ください!』
 元気なレポーターの声に反応したのは高耶だ。
まるで獲物を見つけた猫のように飛び起きてTV画面を見つめている。
「・・・どうかしましたか?」
「・・・・・・・・・・」
 何を見たのか気になった直江は高耶に声をかけるが、返事は返ってこない。
 一体何が・・・と思い、画面に目を向けてみたがそんな目新しい物が出ている訳でもなく、司会者が数人のゲストと話しているだけだ。
首を傾げていると、高耶がゆっくりと振り返った。
「・・・・・・・・直江」
「はい?」
 ようやく声を発した高耶を見ると、高耶の顔はまるで疑問符が脳内から溢れ出ているようなくらい不思議そうな顔をしている。
 何か珍しいものでもあったのかと思い、高耶が話し出すのをひたすら待つ。
 すると・・・・・
「なぁ、直江・・・・もみじって・・・」
「紅葉が・・・・・、どうかしましたか?」
 紅葉など400年前でもあったものだ。さして珍しい種類がある訳でもない。
 ますます判らなくなった直江は高耶の顔を覗き込んだ。
「あのさ、紅葉って・・・・」
「紅葉って・・・・?」
「・・・・・食えるのか?」
「・・・・・・・・・・」
 まさかそう来るとは思っていなかった直江は思わず呆けた顔で高耶を見た。
高耶の頭の上には疑問符がいっぱい並んだままだ。
 最初は何の事かと思っていたが、言っている意味が理解できた直江は優しく微笑んで下から見上げている高耶を見た。
「えぇ、食べられますよ。高耶さんが言いたいのは『もみじのてんぷら』の事でしょう?」
「そうっ、それ!!もみじのてんぷら!それって美味いのか?」
 目を輝かせて先を急かす高耶に直江は苦笑する。
「えぇ、なかなか美味いですよ。ちょっと病み付きになる味で、私でも結構食べますから」
「そんなに美味いのか?・・・・う〜ん・・・・・」
 急に考え込むように俯いた高耶をどうしたのかと思い、直江は本を閉じて寄り添うように横に座った。
「もみじのてんぷらがそんなにおかしいですか?」
「いや・・・・・、だってさ、もみじだろ?」
「えぇ・・・」
「それならさ・・・」
「はい・・・・」
 何だか嫌な予感がするなぁと思った直江ではあるが、ここでは敢えて言わないでおく。
「その辺にある紅葉取ってきて天ぷら粉つけて揚げりゃいいじゃんか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 予感的中。


「高耶さん・・・・・。そんな、節約生活シリーズじゃないんですからやめてくださいよ」
「だってわざわざ買うようなもんでもないじゃんか」
 料理が得意な彼らしく、自信満々な様子だ。
 しかし、もみじのてんぷらは普通の天ぷらとはちょっと違う。
 直江は機嫌を損ねないよう、優しい口調で訊ねてみた。
「高耶さん、売られているものとその辺の紅葉とは違うんですよ。さっきテレビで言ってませんでしたか?」
 なんとか阻止しようと聞いてみると、高耶の顔がまるで子供のようになる。
「え?知らない。ただ、『もみじのてんぷら』が美味いって言ってたから・・・・・・」
「なるほど・・・・」
 確かに、普通「天ぷら」と聞けば食卓にあがるあの天ぷらを想像するのが当たり前だ。
知らない高耶はきっとそれを想像したから違和感あったのだろう。
 一人納得した直江は高耶の肩を抱き寄せた。
「高耶さん、もみじのてんぷらは普通の天ぷらというよりお菓子なんですよ」
「へっ?お菓子?」
「えぇ、ちょっと甘くて。そうですねぇ・・・・似ている物で言えば、かりんとうのような感じです」
「・・・・・・・お前、甘いもん苦手じゃねぇか」
 高耶がムッとして睨みつけてくるので、何故怒っているのか判らない直江は困惑してしまう。
「何故そんなに怒るんですか」
「だって、甘いもん苦手だったらそんなに食えないだろ?普通の天ぷらだと思ってたし・・・。お前が美味いし結構食えるって言うから作ってやろうと思ったんだ」


 俯いて少し寂しそうに話す高耶。


そんな姿を直江が冷静でいられる訳がない。
 直江は高耶をぎゅっと抱き締めた。
「その言葉だけで十分ですよ。ちゃんと説明しなかった私がいけなかったんですから」
「いや、テレビをちゃんと見てなかった俺も悪いんだし・・・」
 あまりに可愛い高耶に思わず破顔した直江は、高耶の額に軽く口接けると詳しく説明を始めた。


 『もみじのてんぷら』とは、それ用に栽培した茎の柔らかい紅葉を使ったお菓子で、1年間アク抜きの為に塩漬けし、それを揚げるのだそうだ。
何度も油を切り、カリッとした食感にするのだそうで、形を崩さないようにするのはなかなか大変な作業らしい。
「お前って、ホントに博学だよなぁ」
 直江から説明を聞き終わった高耶は感心したように直江を見上げている。
「そんな事はありませんよ。たまたま知っていただけですから・・・・・。そうだ、高耶さん」
「・・・・ん?」
 何だろうと首を傾げて直江を見ると、とても嬉しそうな直江の顔が目に留まる。
「もみじのてんぷら、食べたいですか?」
「うん!食いたい!!」
 口の肥えた直江が美味いと言うのだから絶対美味しいのだろうと思っている高耶は嬉しそうに答える。
ちょっと待っててくださいね、と言った直江はソファから立ち上がり電話を取りに行ってしまった。
 まさか取り寄せるんじゃ・・・・、と思った高耶だが直江が電話したのは別の場所だったようだ。
短縮ボタンで簡単にかけている所を見ると知ってる場所だ。
 高耶は直江の行動をじっと見詰めている。
「・・・・・もしもし、義明です。・・・・えぇ。ところで今は大阪に出張中でしたよね?」
 子機を持ったまま直江は高耶の横に腰を下ろしたので、高耶は寄り添うようにして聞き耳を立てる。
「ちょっとお願いがあるんですが・・・・・えぇ、大した事ではないんですが、お土産に『紅葉のてんぷら』を買ってきてほしいんですよ」
 何を言い出すのか?!と言う顔の高耶を見た直江は大丈夫というようにしっかりと抱き寄せる。
「えぇ、高耶さんが食べた事がないらしいので是非・・・・・・。はい、ではお願いしますね」
 さっさと電話を切ってしまった直江に高耶は呆然としてしまう。
「今、長兄が大阪に行っているのを思い出したんですよ。大阪の端ですが紅葉の有名な場所があって、そこに紅葉のてんぷらがあるんで買ってきてもらうよう頼みましたから」
「・・・・・、人使いが粗い弟だな」
「貴方が喜んでくれるなら私はどう思われようと気にしませんよ」


 いつも自分中心でいてくれる直江。


嬉しくて高耶は一回り大きな直江の身体に抱きついた。
 直江はもっと喜ぶ顔が見たいと思い、ひとつ提案する。
「高耶さん、今日の夕食ですが、久々に外食なんてどうですか?」
「いいけど・・・・・何食いに行くんだ?」
 こういう提案をする時は大概行き先を決めている直江だ。
高耶は何処に行くのか気になって問いかける。
「せっかくですから秋の味覚づくしっていうのはいかがです?」
「秋の味覚・・・・って事は?!」
 ピンときたのか、高耶の顔が満面の笑みを浮かべる。
その通り、というように直江は微笑した。
「えぇ。栗・秋刀魚・松茸・・・・・たまにはいいでしょう?」
「うん!!」
 高耶は早く行こうというように直江を急かせる。
この分だと夜も甘い時間を過ごせそうだな、とつい考えた直江は高耶にバレないようポーカーフェイスを守った。


 数日後、送り届けられた大量のもみじのてんぷらを高耶は1日で完食してしまったというのはその後有名な話となった。



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