Sweet singing voice 2






 直江が電話を切ったのとほぼ同時に高耶はのっそりとリビングに姿を現した。
「誰からだ?」
「譲さんですよ。高耶さん、今晩会う約束してたでしょう?」
「ん?・・・あぁ〜っ!忘れてたっ!!」
 大学も休みに入っているので正月に会おうと譲と約束したのを高耶はすっかり忘れてしまっていた。
やはり、といった顔をした直江は慌てふためいている高耶を優しく抱きしめた。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。今、長秀が迎えに行ってますから」
「千秋ぃ?アイツが?」
 直江の腕の中で落ち着きを取り戻した高耶は直江を見上げた。
「えぇ。美弥さんも一緒だそうです」
「何ぃっ?!美弥が一緒だとっ?!」
「どうやら譲さんが誘ったようです。美弥さん一人で出てくるよりは安心でしょう」
「それはそうだけど・・・」
「まだ何か・・・?」
 言いよどんでいる高耶に、直江は髪をそっと撫でながら先を促す。
「千秋が迎えに行くってのが気に食わねぇっ!」
 拳を震わせ声を荒げた高耶の様子に直江は苦笑しながら額に軽く口付けた。
「心配いりませんよ。貴方がそう言うと思ったので晴家と色部さんにも同行してもらってます」
「色部さんと姉さんに・・・?」
「えぇ、だからそんなに心配しないでいいですよ。すぐにタクシーを手配しますから、その間に高耶さんは出掛ける用意をして下さい」
「うん・・・判った」
 色部と綾子が一緒と判って安心したのか、高耶は手早く出掛ける準備を始めた。



 待ち合わせ場所は直江が予約しておいた料亭で、高耶達が到着した時にはもう全員集まっているようだった。
「あ!やっと来たわね、景虎、直江」
「高耶、久しぶり!」
「おっせぇよ!何やってんだよ、こんタコ!」
「うるせぇっ!道が混んでたんだよ!」
 早速千秋と言い合いを始めた高耶を宥めつつ、直江は色部の前に行き挨拶をした。
「お久しぶりです、色部さん」
「あぁ。お前も景虎殿も元気なようで安心したよ」
 優しい眼で高耶を見ている色部に直江は微笑で答えた。
「高耶、元気でやってる?」
「お兄ちゃん、直江さんに迷惑かけてない?」
「・・・あのなぁ、美弥」
 立て続けの質問攻めに高耶は思わずげんなりとなってしまった。
「話は食事をしながらでもいいでしょう。時間は十分にありますしゆっくりして行ってくださいね」
 直江が間に入って場を収め、高耶を席に着かせた。



そうして賑やかに始まった食事会は和やかに進んで行った。



「さぁ〜て、2次会だ、2次会っ!」
「そうねぇ、何処がいいかしら?」
 外に出た途端に千秋が言い出した提案に早速乗ったのは綾子だった。
「げっ!まだ行くのかよ。俺はもう飲めねぇぞ」
 食事の最中に散々飲まされたせいで高耶はすっかり出来上がっていた。
「当たり前だろ、高耶。みんなでこうして会えるのなんてそうないんだから」
「そりゃそうだけど・・・」
「ねぇ、何処行くぅ〜?景虎ぁ♪」
「姉さん・・飲みすぎだって」
「なぁによぉ!これからじゃないの、景虎!これくらいで酔ってどうすんのっ?!」
 ようやく本調子になったと言わんばかりの綾子は高耶の背中をバシバシ叩きながら笑っている。
「いてっ!おい、姉さん!少しは加減しろっ!」
「そうだぜ、晴家。なんたってお前、元は男なんだからな」
「なんですってぇ〜!!」
 歩道の真ん中で言い合いを始めた千秋達を、直江と色部は少し離れた所で呆れたように眺めている。
「そんな事はどうでもいいんだ。おい、景虎、どこ行くんだよ」
「なっ・・・!そんな事とは何よっ?!」
「美弥、カラオケがいい!」
「はぁっ?!カ・・・カラオケだぁっ?!」
 美弥の提案に真っ先に反応したのは他でもない高耶だった。いままでの酔いが一気に醒めたような顔をしている。
「いいねぇ、美弥ちゃん。俺もカラオケがいい♪」
「なっ・・・譲まで!」
「わ〜い!カラオケ決定〜♪」
「じょ・・・冗談じゃねぇっ!カラオケなんかぜってぇにヤダからなっ!!」
 皆が乗り気な中、高耶一人が猛然と反発している。そんな高耶に千秋はニヤリと笑った。
「何だぁ?景虎ぁ。お前・・・もしかして音痴なのか?」
「ばっ・・・馬鹿言ってんじゃねぇ!んな訳ねぇだろっ!」
「じゃあ決定だなっ!」
「どこがいいかしらねぇ・・・」
「ちょ・・・おいっ!勝手に決めんなっ!」
「高耶・・・なんでカラオケ嫌なんだよ。前はよく行ってたじゃないか」
「えっ?・・・あ・・そのぉ・・・」
 急に黙り込んで大人しくなってしまった高耶の顔を4人は覗き込むようにしている。
「何よぉ、そこまでイヤがるんだからちゃんと理由あるんでしょ?景虎ぁ」
「いっ・・・?!」
 理由は大いにある。しかし高耶はどうしてもその理由だけは言いたくなかった。
助けて欲しくて直江の方を見たが、直江は色部と話していてこちらには全く気付いていない。
「言えないんなら・・・カラオケで決定だな、景虎♪」
「うっ・・・!」
 高耶の訴えも空しく2次会はカラオケと決定し、千秋達はどこの店にするかで盛り上がっている。
(ったく・・・なんでこうなんだよっ!)
 あまりの展開に高耶は思わず頭を抱えた。確かに譲の言うようにカラオケ自体は嫌いではない。行くのはいいのだが今日に限っては問題が一つあった。

 そう、その問題は・・・

(アイツがいるからだ・・・)
 高耶は恨めしそうな顔で直江を見た。直江に歌を聞かれたくないのではなく、理由はもっと別の事だった。
 以前、直江と一緒に直江の長兄・照弘に誘われ飲みに行った時に2人で嫌がる直江に歌わせたのだった。
渋々歌ったまでは良かったのだが、その場にいた女性全員(高耶も含まれていたが)を骨抜きにしてしまったのだ。
(アイツのあの声聞くのかよ・・・勘弁してくれ)
 特に今日は起き抜けからあの声を聞いて溶けそうになっているのだ。
これ以上聞くのは正直辛い。
「おいっ、景虎!早く来い!置いてくぞっ!」
「お兄ちゃ〜ん!早く〜♪」
(置いていってくれた方がどれだけいいか・・・)
 そう思って高耶はがっくりと項垂れた。
「・・・さん・・・高耶さん?」
「のわぁっ!!」
 いきなり耳元で直江の声がしたので高耶は飛び上がるくらいに驚いた。
「どうしたんですか?高耶さん。飲みすぎて具合でも悪いんですか」
 心配した直江が顔を近づけてくるので高耶は思わず後退さる。
「い、いや・・・別に・・・」
「そうですか?顔が赤いですよ、やはり飲みすぎたんでしょう。気分は悪くないですか?」
 高耶の動揺を他所に直江は高耶の頬に手を当てる。
心配する直江の声はいつもより少し低音で、つい良からぬ事を思い出してしまい、高耶は益々顔を赤くした。
「だいぶ飲んでましたからねぇ。大丈夫ですか?」
(うぅ〜!なんで気付かねぇんだよ、直江〜!)
 恥ずかしくなってしまい高耶は俯いてしまったのだが、それを見た直江は具合が悪くなったと思い高耶の肩に手を回した。
「帰った方がいいですか?それならすぐにタクシーを拾いますよ」
(あぁ〜!止めてくれ〜!その声で俺の耳元で囁くなぁ〜!!)
 高耶は直江の如くぐるぐるマワってしまっている。
(こりゃ、さっさと帰った方がいいかもなぁ・・・)
「おい、景虎!なに2人でいちゃついてんだよ!早く行くぞ」
 直江の声に絆されて帰ろうと高耶が思った所で少し離れた所から千秋が声をかけてきた。
横にいる譲や美弥の顔を見てみると、どうやらこのまま帰らせてはくれないようだ。
(うぅ〜!今日は直江の【声】の厄日だぁ〜!!)
 高耶は直江に支えられながらゆっくりと後に続いた。